純文学の書評

【芥川龍之介】『あばばばば』のあらすじと内容解説・感想|感想文のヒントつき

内容が想像できない奇天烈(きてれつ)なタイトルが印象的な『あばばばば』。

今回は、芥川龍之介『あばばばば』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『あばばばば』の作品概要

著者芥川龍之介(あくたがわ りゅうのすけ)
発表年1923年
発表形態雑誌掲載
ジャンル短編小説
テーマ平凡な幸福

『あばばばば』は、1923年に文芸雑誌『中央公論』(12月号)で発表された芥川龍之介の短編小説です。町で小さな商店を営む、1組の夫婦の様子が観察されています。Kindle版は無料¥0で読むことができます。

著者:芥川龍之介について

  • 夏目漱石に『鼻』を評価され、学生にして文壇デビュー
  • 堀辰雄と出会い、弟子として可愛がった
  • 35歳で自殺
  • 菊池寛は、芥川の死後「芥川賞」を設立

芥川龍之介は、東大在学中に夏目漱石に『鼻』を絶賛され、華々しくデビューしました。芥川は作家の室生犀星(むろう さいせい)から堀辰雄を紹介され、堀の面倒を見ます。堀は、芥川を実父のように慕いました。

しかし晩年は精神を病み、睡眠薬等の薬物を乱用して35歳で自殺してしまいます。

芥川とは学生時代からの友人で、文藝春秋社を設立した菊池寛は、芥川の死後「芥川龍之介賞」を設立しました。芥川の死は、上からの啓蒙をコンセプトとする近代文学の終焉(しゅうえん)と語られることが多いです。

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『あばばばば』のあらすじ

海軍の学校に勤めている新米教師の保吉は、とある商店に通っています。そこの主人は無愛想で、ニキビ面の少年を手伝わせて店を経営しています。

あるとき、保吉は店に見知らぬ女がいるのを見かけます。世間知らずの女は、応対がたどたどしかったり、品物を間違えたりと不慣れな様子です。そんな女に、保吉は好意を持ち始めます。

しかし、女はある日を境にぱったりと姿を見せなくなってしまうのでした。

登場人物紹介

保吉(やすきち)

海軍の学校の新米教師。学校に行く途中にある商店に通っている。

店の主人

保吉が通勤途中に寄る商店の主人。いつでも仏頂面(ぶっちょうづら)。

店の主人の妻。19歳くらい。気弱でなよなよとしている。

小僧

商店で働く少年。

『あばばばば』の内容

この先、芥川龍之介『あばばばば』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

恥じらう少女から、強い母へ

町の商店

保吉は、海軍の学校に勤めている新米教師です。赴任してから半年ほど、通勤途中にある商店に寄っています。そこの主人は斜視で、加えて無愛想なのが特徴です。

ある初夏の朝、保吉が店に行くと、見慣れない19歳くらいのがいました。保吉はその女に煙草を頼みましたが、彼女が出してきたのは違う銘柄のものでした。

その後もその女はいつも店にいましたが、客への態度は初々しく、受け答えはたどたどしく、品物を間違えたり、たまに顔を赤らめたりします。保吉は恋愛感情こそないものの、彼女に好意を抱くようになりました。

保吉と女

ある残暑の厳しい午後、保吉はココアを買いにその店を訪れます。店には女と小僧がいて、保吉は小僧に「Van Houtenはないか」と聞きました。しかし、店にはFryやDrosteなど、Van Houten以外のココアしかありませんでした。

保吉は、「Fryにはときどき虫が湧く」などと言ってVan Houtenを探させます。そのとき保吉は女と目を合わせて、「この女はおじぎ草だ」などと思うのでした。

母になる

それからしばらくして、年が明けた正月に保吉が商店に行ってみると、女の姿はありませんでした。

2月末のある夜、保吉が店の前を通ると、女が赤子をあやしていました。女は偶然保吉と目を合わせます。保吉は、女はいつものように顔を赤くすると思いました。しかし、女は平然としています。

そして、女は保吉から目をそらして、人目を気にせず「あばばばばばば、ばあ!」と言うのでした。保吉は、女はもう「あの女」ではなく、度胸のいい母親なのだと感じます。そして、娘のようだった女が図々しい母になったことを思うのでした。

『あばばばば』の解説

芥川と「母」

保吉は、母になった娘について「一たび子の為になったが最後、古来如何なる悪事をも犯した、恐ろしい『母』の一人である」「図々しい母」などとマイナスの表現をしています。

通常、母になることは喜ばしいこととされますが、保吉はそのことに対して悪い印象を持っているのです。なぜでしょうか?

これには、芥川の家庭環境が関係しています。

母の発狂

芥川龍之介は、1892年に新原敏三(にいはら としぞう)・ふく夫婦の長男として生まれました。しかし龍之介が生後7ヶ月を迎えたころ、ふくが発狂してしまいます。

発狂の原因には、長女の病死や敏三と他の女性の間に子供が生まれたことなどが挙げられます。その後、ふくは龍之介が11歳のとき亡くなりました。

このふくの発狂は、龍之介に大きな影響を与えました。龍之介は、「自分は狂人の子であるため、自分もいつか母と同じようになってしまうのではないか」と考えたのです。

 

母の死後、ふくの兄(芥川道章)一家の養子となった龍之介は、この養父母と伯母に育てられました。龍之介は伯母を慕っていた半面、伯母から厳しい教育を受けました。

こうした経緯があり、芥川は母性に対する恐怖やマイナスイメージを持つようになったのでした。

麥媛䆾「芥川龍之介における母性認識―初期の母性描写の抑制から後期の母性謳歌へ―」(第3回国際日本学コンソーシアム)

軍隊批判

『あばばばば』には、町の商店の小さな幸福が描かれています。しかし、その裏には軍隊への批判が隠れていると読むことができるのです。検閲の関係で直接的な批判ができないからこそ、間接的に軍を軽んずる描写が見られます。

日用品と同レベルの軍艦

店には小さい飾り窓があり、窓の中には大将旗を掲げた軍艦三笠の模型のまわりにキユラソオの壜だのココアの罐だの干葡萄の箱だのが並べてある。

これは保吉が店の中を観察しているときの語りですが、「大将旗を掲げた軍艦三笠」は酒やココアや干しぶどうに囲まれていることが分かります。軍艦はこうした日用品に囲まれ、うもれ、同化している様子が想像できます。

このように、軍艦が日用品と変わらない取るに足らないものとして扱われている点で、保吉は軍を軽視していると読み取れるのです。

ちなみに、三笠は横須賀の三笠公園で見ることができます。

世界三大記念艦 三笠

三笠はいらない

あるとき、保吉は女に朝日(煙草の銘柄)を2つ頼みました。しかし女が出してきたのは、朝日ではなく三笠(煙草の銘柄)でした。これを見た保吉は、「朝日を、――こりゃ朝日じゃない」と言ったのです。

つまり、保吉にとって三笠は不要な物ということです。ここで、「三笠」は煙草の三笠と軍艦の三笠のダブルミーニングです。これは、遠回しに軍をないがしろにしている表現と言えます。

無愛想な店主

さらに、店の主人は表情を表に出さない無愛想な人物です。言い換えれば、主人は誰にも媚びないのです。

この店は横須賀にあるため、必然的に客は軍人が主となります。しかし、普段の様子から察するに、主人は軍人にもゴマをすることなく常に無愛想な態度で接します。こうしたところからも、軍を軽んずる態度が見て取れるのです。

金子佳高「芥川龍之介の保吉物と軍隊」(明治大学 文学研究論集第50号 2019年2月)

『あばばばば』の感想

女と母

女と母の対比が、極端に描かれている小説だと思いました。

前半、女は恥ずかしがり屋で、すぐに顔を赤らめて、おどおどしている頼りない女性として描かれています。いかにも旧来の従順な日本人女性という感じです。

ところが、母になった女は堂々としていて、顔を赤く染めることもせず、恥じらいもしません。そして人目をはばかることなく、「あばばばばばば、ばあ!」と子供をあやします。

 

保吉は、女は母になることで娘のような可憐さや人妻の上品さ、奥ゆかしさを失ったと感じたのです。そして、母となった女は所帯じみてたくましくなり、「度胸の好い母」「恐ろしい『母』」「図々しい母」へと変貌(へんぼう)を遂げたのでした。

こうした保吉の語りには、芥川の「母」へのマイナスイメージが関係していると先の解説で触れました。そのほかにも、この語りには男性の理想の女性像がくずれた事への失望が隠れていると感じました。

実際、保吉は女の初々しさに好感を持っています。しかし、母になることで強さを手に入れた(強くならざるを得なくなった)女は、初々しさを捨てて図太い神経を手に入れました。

女性にうぶさや純潔を求める保吉は、そんな女を見てがっかりしてしまったのだの思いました。

天使と悪魔

作中には、天使と悪魔が登場します。

保吉は女と目を合せた刹那せつなに突然悪魔の乗り移るのを感じた。この女は云はば含羞草おじぎそうである。一定の刺戟を与へさへすれば、必ず彼の思ふ通りの反応を呈するのに違ひない。しかし刺戟は簡単である。ぢつと顔を見つめても好い。或は又指先にさはつても好い女はきつとその刺戟に保吉の暗示を受けとるであらう。受けとつた暗示をどうするかは勿論未知の問題である。しかし幸ひに反撥しなければ、――いや、猫は飼つてもい。が、猫に似た女の為に魂を悪魔に売り渡すのはどうも少し考へものである。

このあと、主人と女の幸福を見守るものとしての天使が登場します。そして、悪魔は不倫を意味しているのではないかと解釈しました。

「この女は云はば含羞草」というのは、恥ずかしがり屋で自己主張しない女の従順な性格について言ったものです。

そして、保吉が刺激として女に与えようとするのが「目線」や「指先に触ること」というのも、男女の仲を想像させます。さらに「暗示」というのは、ある種の「了解」と解釈することができます。

しかしそこまで考えて、保吉は「猫に似た女の為に魂を悪魔に売り渡すのはどうも少し考へものである(この女のために、不倫という重罪を犯すのはどうかなぁ)」と思うのでした。

 

その後も彼はこの女と度たび同じやうな交渉を重ねた。が、悪魔に乗り移られた記憶は仕合せと外には持つてゐない。いや、一度などはふとしたはずみに天使の来たのを感じたことさへある。

そうは思うものの、保吉は女と同じようなやりとりをたびたびしたのだと言います。ここでの「やりとり」とは、保吉が店でココアを探したときの一連の会話のことです。

しかし、保吉と女はお互いに行動に移すことはなく、「悪魔に乗り移られた記憶は仕合せと外には持つてゐない(魔が差したのは、後にも先にもこのときだけだ)」と保吉は言うのでした。

単に庶民(主人と女)の幸福を描くのではなく、この幸福を壊す可能性をもちゃっかり描いているところが、面白いと感じました。

『あばばばば』の感想文のヒント

  • なぜ「あばばばば」がタイトルとなったのか
  • 天使と悪魔は何を示すのか
  • 「母になること」を自分ならどうとらえるか

作品を読んだうえで、5W1Hを基本に自分のなりに問いを立て、それに対して自身の考えを述べるというのが、オーソドックスなやり方ではないかと思います。

感想文のヒントは、上に挙げた通りです。

最後に

今回は、芥川龍之介『あばばばば』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

ぜひ読んでみて下さい!

↑Kindle版は無料¥0で読むことができます

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「純文学を身近なものに」がモットーの社会人1年生。谷崎潤一郎と出会ってから食への興味が倍増し、江戸川乱歩と出会ってから推理小説嫌いを克服。将来の夢は本棚に住むこと!
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