純文学の書評

【綿矢りさ】『蹴りたい背中』のあらすじ・内容解説・感想

『蹴りたい背中』は芥川賞受賞作品です。綿矢りさの19歳での受賞は、史上最年少の記録で当時話題となりました。

今回は、綿矢りさ『蹴りたい背中』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『蹴りたい背中』の作品概要

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著者綿矢りさ(わたや りさ)
発表年2003年
発表形態雑誌掲載
ジャンル中編小説
テーマ青春

『蹴りたい背中』は、2003年に文芸雑誌『文藝』(秋号)で発表された綿矢りさの中編小説です。クラスの余りものの男女が、1人のモデルを通して交流する様子が描かれています。

著者:綿矢りさについて

  • 1984年京都府生まれ
  • 『インストール』で文藝賞を受賞
  • 『蹴りたい背中』で芥川賞受賞
  • 早稲田大学教育学部国語国文科卒業

綿矢りさは、1984年に生まれた京都府出身の小説家です。高校2年生のときに執筆した『インストール』で、第38回文藝賞を受賞し、2003年には『蹴りたい背中』で第130回芥川賞を受賞しました。

19歳での芥川賞受賞は、いまだに破られていない最年少記録です。早稲田大学を卒業後、専業作家として精力的に活動しています。

『蹴りたい背中』のあらすじ


高校1年生のハツは、学校生活になじむことなく孤独な日々を送っています。中学の頃からの友人・絹代は、仲間を作って集団でいることに必死です。ハツは、そんな絹代を冷めた目で見るのでした。

あるとき、ハツは自分と同じくクラスから孤立している、にな川という男子生徒の存在に気づきました。授業中にもかかわらず、にな川は女性向けのファッション誌を開いていました。

実は、にな川はオリちゃんというアイドルのファンだったのです。偶然オリちゃんのことを見たことがあったハツは、にな川と距離を縮めていきます。

登場人物紹介

ハツ

高校1年生の主人公。集団で固まっているクラスメイトになじまず、いつも1人で過ごしている。オリちゃんがきっかけでにな川と仲良くなる。

にな川

ハツと同じクラスの男子生徒。ハツと同じく孤立している。オリちゃんの熱狂的なファン。

絹代(きぬよ)

ハツの中学からの友人。同じ高校に進学したが、絹代はハツ以外の友人と一緒に行動するようになる。

オリちゃん

にな川が思いを寄せるファッションモデル。雑誌の撮影のときに、一度ハツと会ったことがある。

『蹴りたい背中』の内容

この先、綿矢りさ『蹴りたい背中』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

暴力的な欲望

にな川

高校1年生のハツは、どのグループに所属することもなく1人で過ごしていました。中学生のときは集団でいるようにしていましたが、それに疲れてしまったからです。

理科室では顕微鏡を使った授業が行われていますが、ハツは顕微鏡をのぞきに行くことができず、平静を装いながらひたすらプリントをちぎります。そのとき、ハツは膝の上に女性向けのファッション誌を広げているにな川を見ました。

ハツは「おもしろいの?そんなの見て」とにな川に話しかけますが、無視されてしまいました。ハツが「この人に会ったことがある」と雑誌の中の女性を見て言うと、にな川は深いため息をつきました。

オリちゃん

授業のあと、ハツはにな川の家に招待されました。にな川の家は平屋の一軒家で、彼の部屋は母屋(おもや)から離れたところにありました。

部屋に着くと、にな川は「オリちゃん(ファッション誌に載っていたモデル)に出会った場所の地図を描いてほしい」とハツに言います。

ハツが「駅前の無印良品」と答えると、にな川は「何階の何売り場のどこらへんで会ったのかを地図に描いてほしい」と言いました。

 

地図を描いていたハツは、机の下にある大きなプラケースを見つけました。中には、女物の服やオリちゃんが表紙を飾るファッション誌、アクセサリーがつめこまれています。

プラケースの異常な様子に驚いたハツは、「なんでこんなことしてるの」とにな川に聞きました。すると、にな川は「おれ、オリちゃんのファンなんだ。死ぬほど好き」と言いました。

 

ハツは、オリちゃんと無印良品で会ったことを思い出します。中学1年生の夏休み、開店して間もない無印良品に行って試食のコーンフレークを朝ごはんとして食べるのが、ハツの日課でした。

あるとき、ハツは1人の美しい女性(オリちゃん)に声をかけられます。少し会話をした後、カメラマンだという男性がやってきました。カメラマンは試食のコーンフレークをつまんで、その女性に食べさせました。

カメラマンはハツの口元にもコーンフレークを持ってきましたが、ハツは食べることができませんでした。気まずい雰囲気を消すように、女性は「この街に撮影のために来たの」と言いました。

背中を蹴りたい

後日、ハツはにな川と無印良品に行きました。その帰りににな川の家に寄ると、にな川はイヤホンをしてオリちゃんのラジオを聴き始めました。

「なんで片耳だけでラジオを聴いているの?」とハツが聴くと、にな川は「この方が耳元でささやかれてる感じがするから」と答えます。そのとき、ハツは「この無防備な背中を蹴りたい」と思いました。

気が付くと、足の裏には背骨の感触がありました。ハツは、「ごめん、強く……叩きすぎた」と言いました。

欲望

その後、ハツ・にな川・絹代はオリちゃんのライブに行きました。帰りは最終のバスを逃してしまい、ハツと絹代はにな川の家に泊まることになりました。午前3時過ぎ、眠れないハツはベランダでぐったりしているにな川を見ます。

ハツは、にな川のそばで明け方の空をながめますが、「同じ景色を見ながらも、きっと、私と彼は全く別のことを考えている」と思いました。

ふと、ハツには「あの気持ち」がわき上がって来ます。いためつけたい、蹴りたいと思いながら、ハツはつま先をにな川の背中に押し当てました。

「痛い」と言うにな川に、ハツは「ベランダの窓枠じゃない?」と伝えました。にな川は、窓枠の上に置かれているハツの足の爪を見つめました。

『蹴りたい背中』の解説

なぜ「蹴る」のか

ハツは、にな川の部屋にあるプラケースの中からオリちゃんのアイコラを見つけたとき、「蹴りたい」という気持ちを抱いています。この衝動の正体は何なのでしょうか?

この場面では、それまでの男女の意識が逆に描かれていると解釈できます。サディスティックな欲望を持った男性に、女性が危害を加えられるという構図が一般的ですが、『蹴りたい背中』ではその逆転が起こっているということです。

大好きなはずのオリちゃんの写真を使って、彼女をはずかしめているにな川に対してわき上がってきた暴力的な感情が、「蹴りたい」という気持ちの正体です。『蹴りたい背中』は、従来の男女観によらない新しい男女関係を提示した小説と言えます。

オリちゃんの存在意義

オリちゃんはハツとにな川の共通点として機能し、2人を近づけるのに重要な役割を果たしています。しかしそれだけではなく、オリちゃんはハツの内面を変えました。

中学時代、ハツは周囲に溶けこもうと必死でした。ところが高校に入学すると、集団でいることをやめてしまいます。そのきっかけがオリちゃんなのです。

 

中学時代のハツは、周りに無頓着で試食で朝ご飯をすましていることに恥じらいを感じていませんでした。ここに、「学校という場がすべてで、学外に一歩出たときに無力になる」未熟な学生としてのハツが表されています。

無印良品で、ハツは真剣に朝ごはんとしてコーンフレークを食べていました。しかし、オリちゃんとカメラマンがふざけてコーンフレークを食べているのを見て、「試食を食べることは恥ずかしい」ということに気づきます。

この瞬間、ハツは集団プレーの学校だけでなく、個人プレーの社会に目を向けるようになりました。「個」として生きる視点を得た中学生のハツは、高校生になって集団に身を置くことをやめ、孤立する道を選んだのでした。

井上晶子「綿矢りさ『蹴りたい背中』――蹴ることで認識する存在意義」(2012年2月 日本女子大学国語国文学会)

『蹴りたい背中』の感想

ハツのプライドの高さ

『蹴りたい背中』を読んで、孤立している人ほど他人より優位に立ちたいと思っているんだと思いました。ハツは、孤立しているさびしさを感じていないと周りにアピールしているけれど、本当は声をかけてほしいのだと思います。

理科の授業中、「私にも(顕微鏡を)見せて」という一言が言えないのは、ハツのプライドが許さないからではないでしょうか。

 

きっとハツのように自ら孤立を選んでいる人は、「こんなやつらと無理して関わりたくない」「自分から声をかけるなんて負けも同然」みたいな考えを持っているのだと思います。

そのため、自然と「クラスメイトより自分の方が上」と考えるようになり、自尊心を肥え太らせることになります。

にな川は、何となく弱そうな雰囲気を持っていて、アイコラを作るような卑劣な青年です。プライドの高いハツが、こうした性質を持つにな川を下に見て、「蹴りたい」という暴力的な感情を抱くのは自然なことだと感じました。

最後に

今回は、綿矢りさ『蹴りたい背中』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

当時19歳の作者の作品なので、30歳を過ぎた作家にはないような、みずみずしさと粗けずりな雰囲気が味わえる小説です。ぜひ読んでみて下さい!

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yuka
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本が大好きな女子大生です。 図書館にこもって貪るように絵本を読んだ幼稚園児時代、学校の図書室の本を全制覇することを目標にした小学生時代を過ごし、立派な本の虫になりました。
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