純文学の書評

【今村夏子】『父と私の桜尾通り商店街』のあらすじと内容解説・感想

商店街でのけ者扱いされていた『父と私の桜尾通り商店街』。

今回は、今村夏子『父と私の桜尾通り商店街』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『父と私の桜尾通り商店街』の作品概要

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著者今村夏子(いまむら なつこ)
発表年2019年
発表形態文庫本
ジャンル短編小説
テーマ商店街で暮らす人々

『父と私の桜尾通り商店街』は、2019年2月にKADOKAWAより刊行された文庫本に収録されている今村夏子の短編小説です。

著者:今村夏子について

  • 1980年大阪府生まれ
  • 『こちらあみ子』でデビュー
  • 『むらさきのスカートの女』で芥川賞受賞
  • 小川洋子を敬愛している

今村夏子は、1980年生まれ大阪府出身の小説家です。風変わりな少女が主人公の『こちらあみ子』で第26回太宰治賞を受賞し、小説家デビューを果たしました。その後、『むらさきのスカートの女』で第161回芥川賞を受賞し、再び注目されています。

作家の小川洋子を尊敬していると発言しており、『星の子』の巻末には2018年に文芸雑誌『群像』に掲載された小川洋子と今村夏子の対談が収録されています。

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『父と私の桜尾通り商店街』のあらすじ

登場人物紹介

ゆうこ

主人公。桜尾通り商店街の村尾ベーカリーの娘。主にレジ番をしている。

ゆうこの父。村尾ベーカリーでパンを焼いている。体調がすぐれず店をたたんで故郷の津山に帰ろうとしている。

あの人

桜尾通り商店街でパン屋を始めた女性。商店街に住む小学生に親しまれている。

『父と私の桜尾通り商店街』の内容

この先、今村夏子『父と私の桜尾通り商店街』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

商店街の悲喜こもごも

のけ者の父と娘

ゆうこは桜尾通り商店街のはずれで村尾ベーカリーというパン屋を営むと2人で暮らしています。

去年のクリスマスに、店をたたんで父の故郷の津山に帰ることを父から告げられましたが、材料がまだたくさん残っていたため材料がなくなるまで店を続けることになりました。

 

ゆうこと父は、ゆうこの母の不倫によって商店街の人たちからよく思われていませんでした。

ゆうこの母は商店街の振興組合の理事長と不倫しており、父はそれをきっかけに組合を抜け、そのため商店街のイベントに誘いの声がかかることはなく、「汚い」「まずい」「ねずみが出る」と悪口を言われる始末です。

ゆうこは商店街に住みながらも商店街を歩けなくなってしまい、裏口から出て駅まで行ったり、駅からさらに15分歩いたところにあるスーパーを利用したりしていました。

初めての経験

店をたたむために材料を使い続け、とうとう店にコッペパンしか並ばなくなったある日、1人の女性がやって来ます。

そのとき、ゆうこはレジ番をしながら、組合に入っていないため届けられない商店街の冊子「さくらお通信」を共同ゴミ置き場から拾ってきて読んでいました。

女性はコッペパンを買おうとしましたが、財布を忘れてしまったのだと言います。そんな彼女に、ゆうこは「いいですよお金」と言って紙袋に包んで渡しました。

翌日「ありがとうございました。おいしくいただきました」と代金を持って現れた女性に、ゆうこはイチゴジャムとマーガリンを挟んだコッペパンを振る舞います。ゆうこは2人でコッペパンを食べ、「1番、おいしい」と思うのでした。

想い人に届かないコッペパン

その次の日、ゆうこは焼き上がったコッペパンを5つ取り、ウインナーとレタスやピーナッツバター、ハムエッグを挟んでサンドイッチを作ります。ゆうこは例の女性がまた来た時に一緒に食べることになるかもしれないことを想定して、事前に用意したのです。

予想通り女性がやってきた時、ゆうこは長年レジ番をしていて初めて「いらっしゃい!」と元気に立ち上がりました。

そして「今日もサンドイッチありますよ」と言うと、女性は言いにくそうに桜尾通り商店街に近々パン屋をオープンすること、同業者として偵察に来ていたことを明かします。

しかしゆうこは全く気にせず「そんなことよりサンドイッチ食べませんか」「ねえねえ、とりあえず座りませんか」「待ってください。じゃあやっぱりおみやげ持って帰ってください」と女性を引き止めますが、女性は断り続けて帰ってしまいました。

 

女性に渡せなかったサンドイッチを店に並べると、いつの間にかすべて売り切れていました。翌日も、その翌日もゆうこはあの女性が来ることを思い浮かべながらサンドイッチを作り続けましたが、彼女が店に来ることはありませんでした。

ゆうこの答え

そんなある日、店の中からあの女性が歩く姿が目に飛び込んできました。ゆうこは店内の客を置いて店の外に飛び出します。ようやく追いつきそうになったところで、あの女性はオープンしたばかりの自身の店に入っていきました。

そのまま彼女がパンを焼いたり陳列したりしていたりするのをゆうこが眺めていると、ガラス越しに目が合います。

 

「……こんにちは」と久しぶりに言葉を交わした矢先、「パン屋さんだーっ」という小学生の声が割って入りました。斎藤文具店の息子の斎藤たけるは「パン屋さん、ぼく今日百点とったよ」と嬉々として報告します。

それから商店街に住む小学生が次々とやってきて、その女性と商店街振興組合のバス旅行の話で盛り上がります。するとゆうこは「ちょっと待って!」と話を遮りました。

「さっきから、そのパン屋さんパン屋さんって言うのやめてくれる」「だあれ?」「パン屋の娘よ。パン屋さんっていうのは、うちの店のことなのよ」

1人が出口のところのパン屋さんよ、というと、違うよあれは入り口だよ、駅がこっちにあるんだから入り口じゃないの、でもあっちに行ったらバス停あるじゃん…と議論を始めます。

そして「お父さんがあの店もうすぐなくなるって言ってた」と言う女の子に対して、ゆうこは「なくならないわよ」と答えました。そして村尾ベーカリーにねずみが出ると信じている男の子の疑いを晴らすため、ゆうこは彼らを店に呼ぶことにしました。

 

5時の来店に備え、ゆうこは家に帰って父に「マドレーヌが何か作って。急いで」と言います。

「あんぱんでもいい。いいから超特急でお願い」「だってもう材料がないよ」「じゃあコッペパンでいいや」「もう材料がなくなったんだよ」「コッペパンだよ?作れるでしょうが」「それがなくなったんだよ。ついさっき」ゆうこは愕然とします。

「…それにほら、入り口のところに新しいパン屋ができたそうじゃないか?うちは用済みというわけだ。誰がわざわざこんなはずれの店に」

その父の言葉を聞いたゆうこは、「商店街には出口も入り口もない」と言いながら父の手を引いて商店街のアーケードが見える場所まで行きました。アーケードには「ようこそ桜尾通り商店街へ」の文字があります。

「あれ見てるとさ、私たちこれから始まるんだなっていう気にならない?」「お父さんまだやれるかな」「やれるよやれるよ」「よしやるか」

ゆうこが父の顔をのぞきこむと、顔面蒼白で目の焦点が合っていません。そして父の体から力が抜けていき、その場にへたりこんで動かなくなってしまいました。

 

途方に暮れていると、5時を知らせる夕焼け小焼けのメロディーが聞こえてきます。店の方に目をやると、小さな人影がたくさん集まって来ていました。その中の1人がゆうこに手を振り、ゆうこも大きく手を振り返します。

ゆうこは動かなくなった父を見て、「いいのだろうか」「大丈夫なのだろうか」と思い、「私だけでも大丈夫ー?」と問いかけると、返事がすぐに返ってきました。顔を上げると、アーケードの文字がゆうこを歓迎していました。

『父と私の桜尾通り商店街』の解説

ゆうこの自立

物語のラストで、ゆうこは自分を待っている商店街のみんなと動かなくなった父を見比べ、「いいのだろうか」「大丈夫なのだろうか」と思いを巡らせます。以下ではこの葛藤について考えます。

いいのだろうか

父は長年商店街で営んだ小さなパン屋をたたんで、故郷の津山に帰ろうとしましたが、商店街で電池が切れたように動かなくなってしまいました。しかし、現在商店街にはゆうこを待っている人たちがいます。

商店街のコミュ二ティから除外され続けてきたゆうこには、待っている人たちを選ぶか、予定通り店をたたむかという選択肢があります。

「いいのだろうか」語りには、商店街で店を切り盛りしながらも仲間外れにされる寂しさを分け合った父を置いて、店を続けてもいいのだろうかという迷いがあるのではないかと考えます。

大丈夫なのだろうか

ゆうこはパン屋の娘であるにもパンを焼けず、材料の注文の仕方すら知りません。小学生から「おばさん」と呼ばれる歳になるまでレジ番しかしておらず、さらに商売っ気が皆無です。

例えば、財布を忘れた「あの人」にコッペパンをタダで渡すという印象的な出来事があったにも関わらず、ゆうこは翌日にはそのことを「すっかり忘れていた」と語ってたり、コッペパンを「おいしくいただきました」と言った「あの人」に対して「あれ味ないでしょう」と発言したりしました。

さらに、「あの人」が言いにくそうに偵察に来たことを告げても「そんなことよりサンドイッチ食べませんか」と気にする素振りを全く見せなかったりと、ゆうこがいかにお金に執着していないか、商売に興味がないかが分かります。

 

また『父と私の桜尾通り商店街』という表題から分かるように、ゆうこにとって父は大きな存在です。

孤独を共有してきた父という特別な人を失いかけていること、自身が商売に関わってこなかったことによる自信のなさから、「父なしでやっていけるのだろうか」という不安が「大丈夫なのだろうか」という語りにつながっていると考えました。

 

この葛藤のシーンは、ゆうこが初めて真面目に商売と向き合った瞬間です。ここに、これまで家業に関して受け身だったゆうこが自立が読み取れるでしょう。

商店街に受け入れられて孤独から脱したゆうこと、その前に電池が切れてしまった父。
長らく疎外されて孤独を共有していた2人には物語のラストで決定的な差が生じますが、
父とゆうこは確かに桜尾通り商店街で生きたことが、タイトルからも見て取れます。

『父と私の桜尾通り商店街』の感想

コミュニケーション

ゆうこは母の不倫のせいで商店街で生きづらくなったため、表の道を通らず薄暗い裏道を通り表を避けるようになりました。

またゆうこは自身の店を「入り口からまっすぐ歩いて西の一番はずれ、出口の際のところにある」と語っています。「はずれ」「出口」という言葉からも無意識に自身がのけ者であることを自認している様子が読み取れます。

しかし、「あの人」を追って商店街の表の道を久々に通ることで、思いがけず商店街の子供たちと交流し、村尾ベーカリーが商店街の出口側に店を構えていることが思い込みであったことを知りました。

 

ゆうこは殻に閉じこもって表の商店街との交流を避け続け、自身のものさしでしか判断できていなかったのです。

また肉の真島屋の息子の真島雄大も、村尾ベーカリーにはねずみが出ると誤解していましたが、ゆうこはそれは過去の話で今はもう出ないという事実を伝えます。

表の商店街とゆうこの間には誤解が生じていたことが発覚し、それはコミュニケーションを取ることで解消されました。

外界との関わりを絶って主観のみで物事を認識したり、うわさ話を信じたりするのではなく、自分の目と耳で直接確かめたものを信じたいと思いました。

最後に

今回は、今村夏子『父と私の桜尾通り商店街』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

ぜひ読んでみて下さい!

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yuka
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「純文学を身近なものに」がモットーの社会人。谷崎潤一郎と出会ってから食への興味が倍増し、江戸川乱歩と出会ってから推理小説嫌いを克服。将来の夢は本棚に住むこと!
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