愛はないけど、子供のことを思うとなかなか離婚に踏み出せない夫婦が描かれる『蓼(たで)喰う虫』。
今回は、谷崎潤一郎『蓼喰う虫』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
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『蓼喰う虫』の作品概要
著者 | 谷崎潤一郎(たにざき じゅんいちろう) |
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発表年 | 1928年~1929年 |
発表形態 | 新聞掲載 |
ジャンル | 長編小説 |
テーマ | ー |
愛情のない夫婦を軸に、理想の女性美が描かれます。谷崎の作品は、それまで西洋や中国、インドに向かっていましたが、『蓼喰う虫』をきっかけに日本伝統の美に回帰するようになります。
著者:谷崎潤一郎について
- 耽美派作家
- 奥さんを友人に譲るという事件を引き起こす
- 大の美食家
- 生涯で40回の引っ越しをした引っ越し魔
反道徳的なことでも、美のためなら表現するという「唯美主義」の立場を取る耽美派の作家です。社会から外れた作品を書いたので、「悪魔」と評されたこともありました。
しかし、漢文や古文、関西弁を操ったり、技巧的な形式の作品を執筆したりして、今では日本を代表する作家として評価されています。谷崎潤一郎については、以下の記事をご参照ください。
『蓼喰う虫』のあらすじ
要と美佐子の仲は冷え切っていますが、小学4年の息子・弘の前では取り繕っています。しかし、美佐子は暇さえあれば恋人のもとに通い、要もそれを容認しているという状態です。
要も美佐子も受け身な性格であるため、相手が動き出すのを待つばかりで、一向に離婚を切り出そうとしません。2人は、要のいとこにそれぞれ相談したり、美佐子の父親とその愛人と出かけたりしますが、関係は全く変わりません。
登場人物紹介
要(かなめ)
会社重役で、暮らしには余裕がある。美佐子のことを愛せなくなり、売春婦を買いあさる。
美佐子(みさこ)
要の妻。夫公認で不倫をしている。
美佐子の父親
50代半ばの男。愛人のお久と暮らしている。
お久(おひさ)
京都生まれのおっとりした女性。人形のように美しい。
『蓼喰う虫』の内容
この先、『蓼喰う虫』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
仮面夫婦のあれこれ
仮面夫婦
要と美佐子は、仮面夫婦です。息子の弘(ひろし)の前ではそれぞれ父親と母親を演じていますが、美佐子は暇さえあれば恋人のもとに通い、要もそれを黙認している状態です。
夫婦仲はすっかり冷え切っているので、お互い離婚したいと考えています。しかし、息子のことを思って、なかなか離婚に踏み出せずにいました。
ある日、要と美佐子は、美佐子の父親から人形浄瑠璃に誘われて出かけることになりました。電車に乗るときも、2人は決して並んでは座りませんし、浄瑠璃の席では足が触れ合わないように細心の注意を払います。
上演された演目は、この冷え切った夫婦を暗示しているようで、要と美佐子は苦笑せざるを得ません。
美佐子は、早く人形劇を切り上げて恋人のもとへ行くことばかり考えます。一方で、要は同席した義父の愛人・お久の美しさに惹かれます。
高夏に相談
要のいとこ・高夏が上海から一時帰国し、要の家にやって来ました。要と美佐子は、それぞれ離婚について相談します。しかし、2人とも面倒なことは先延ばす性格なので、いつまでも悩んでしまいます。
思い切りの良い高夏は、「離婚するのか、しないのか」とはっきりするよう2人に求めます。そして、「弘君に話しにくいなら、僕が話してやってもいいぜ」とまで言います。息子を大切に思う要は、それを断りました。
そして、高夏は春休み中に弘を東京に連れて行くことしました。
進展するか?
要は、人形浄瑠璃を観に行くという義父(美佐子の父親)とお久に誘われて、淡路に向かいました。浄瑠璃を見ながら、要は義父とお久の関係をうらやましく思います。
舞台が終わって彼らと別れた要は、神戸に向かってなじみの売春婦・ルイズと会いました。彼女はロシア人と朝鮮人のハーフで、18~20歳くらいです。
ルイズは、「借金があるから1000円出してほしい」と要に頼み、来週持って来ることを約束させました。
そして、意を決した要は、美佐子と離婚する旨を義父に手紙で伝えます。何も知らなかった義父は驚き、要と美佐子を京都の自宅に呼び寄せます。そして、美佐子と話がしたいと言い、2人は出かけてしまいました。残された要は、義父の家でお久の接待を受けます。
『蓼喰う虫』の解説
西洋と日本
『蓼喰う虫』は、谷崎が日本の伝統文化に傾倒していく過程で書かれた作品です。
それまでに、谷崎は西洋へのあこがれを描いたもの(『痴人の愛』など)や、異国趣味が出ているエキゾチックな作品(『魔術師』『人魚の嘆き』など)を残しました。しかし、関東大震災後に関西に移住してから、日本の伝統的なものに惹かれていきます。
老人はこの人形をダークの操りに比較して、西洋のやり方は宙に吊つているのだから腰がきまらない、手足が動くことは動いても生きた人間のそれらしい弾力やねばりがなく、従って着物の下に筋肉が張り切つている感じがない。
文楽の方のは、人形使いの手がそのまま人形の胴へ這入っているので、真に人間の
筋肉が衣裳の中で生きて波打っているのである。
これは、西洋と比較したときの文楽を、要が評価している場面です。それまでの絶対的な西洋への評価とは違い、谷崎が日本文化の中に良さを見出している様子が分かります。
『蓼喰う虫』のモデルは?
要は谷崎潤一郎、美佐子は谷崎潤一郎の妻・千代子です。1921年、谷崎は旧式な日本人女性である千代子を、友人で作家の佐藤春夫に譲る約束をし、それを反故にした「小田原事件」を引き起こしました。
その後、谷崎と佐藤は絶交したのですが、1930年に千代を佐藤に譲ることにし、事態は収束しました。この10年間の谷崎と千代子の関係が、モデルになっていると考えられます。
ケズナジャット グレゴリー「谷崎潤一郎『蓼喰ふ蟲』におけるオリエンタリズム : 「日本回帰」を再考して」(『同志社国文学』2012年12月)
『蓼喰う虫』の感想
谷崎らしく、人物関係が複雑な作品だと思いました。夫が妻の不倫を黙認していたり、妻が夫の売春婦通いを見て見ぬふりしていたり、普通じゃ考えられない関係なのが面白いです。
しかし、それだけにとどまらず、要はなんと義父の愛人にまで興味を持っているのです。複雑な設定ですが、私は谷崎のこういう予想を超えてくるところが本当に好きです。
要と美佐子は、いつまでも悩んでなかなか離婚に踏み切らないので、いらいらする読者もいるかもしれません。しかし、その揺れ動いている気持ちをリアルに描き出しているところに、この作品の面白さがあるのではないかと思います。
要は、妻のことはどうしても愛せませんが、売春婦にはいくらでも通います。美佐子は、夫に捨てられて女としての価値を失いましたが、自信を取り戻すかのように、愛人のもとを訪れます。
2人には、理屈ではどうにもならない悩みがあるのです。そのやるせなさを緻密に描きとったのが、『蓼喰う虫』だと私は思います。ただ、無関係なのに巻き込まれている高夏はちょっとかわいそうだなと思います。
最後に
今回は、谷崎潤一郎『蓼喰う虫』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。
結婚したことないのでわかりませんが、赤の他人と子供を作って一緒に暮らすことは、きついんだなと思いました。ぜひ読んでみて下さい!