少年期には特有の残酷さ(いじめ、昆虫への虐待など)がありますが、本作はそれが前面に描かれている作品です。
今回は、谷崎潤一郎『少年』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『少年』の作品概要
著者 | 谷崎潤一郎(たにざき じゅんいちろう) |
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発表年 | 1911年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | サドマゾ |
他人からの侮蔑が極まると、逆に快楽を感じるというマゾヒズムの構造が、鮮やかに描かれています。
『帝一の国』『ライチ光クラブ』の古屋兎丸氏によって漫画化されています。
著者:谷崎潤一郎について
- 耽美派作家
- 奥さんを友人に譲るという事件を引き起こす
- 大の美食家
- 生涯で40回の引っ越しをした引っ越し魔
反道徳的なことでも、美のためなら表現するという「唯美主義」の立場を取る耽美派の作家です。社会から外れた作品を書いたので、「悪魔」と評されたこともありました。
しかし、漢文や古文、関西弁を操ったり、技巧的な形式の作品を執筆したりして、今では日本を代表する作家として評価されています。谷崎潤一郎については、以下の記事をご参照ください。
『少年』のあらすじ
登場人物紹介
私
10歳くらいの主人公。信一たちと奇妙な遊びに没頭する。
信一(しんいち)
お金持ちの息子で、大きな屋敷に住んでいる。弱虫なので、学校ではいつも女中(お手伝いの女性)と行動を共にする。
仙吉(せんきち)
私と信一より1~2歳上のガキ大将。信一の家に仕えている。
光子(みつこ)
信一の姉で、13~14歳の美少女。外国人にピアノを習っている。
『少年』の内容
この先、谷崎潤一郎『少年』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
少年少女の妖しい遊び
信一
10歳の私(萩原の栄ちゃん)は、学校の門を出たときに、同級生の信一に呼び止められました。信一は美形ですが、意気地なしの少年です。私は、信一に「庭でお祭りがあるから遊ぼう」と誘われます。
放課後、信一の屋敷に行ってみると、広大な庭は屋台や子供達で溢れかえっていました。やがて女中(世話役の女性)に座敷へ案内されると、学校では女子のように臆病な信一が「こっちへお上がんな」と甲高い声で怒鳴るので、私は驚きます。
「ここは本当は姉さんの所なの」と言って、信一は奈良人形や絵本をたくさん取り出して私に見せます。そこへ振袖を着た信一の姉・光子が来て、「また信ちゃんは人の物をいたずらして」と言ったので、信一は怒って口論になってしまいました。
光子の人形をめちゃめちゃに蹴倒した信一は、私を庭へ連れ出します。やがて屋敷の西洋館の2階から、西洋人に習っているという光子のピアノの音が響きました。
奇妙な遊び
ある日、信一の屋敷で「坊ちゃん、3人で何かして遊びませんか」とガキ大将の仙吉が信一に声をかけました。
3人は「泥棒ごっこ」をすることになりました。警官になった信一は、泥棒役のガキ大将・仙吉を捕まえるや、仙吉の着物の帯を解いて彼を縛り、両脚のくるぶしまでくくってしまいます。信一は捕縛された仙吉に「罪人だから入墨をしてやる」と墨を擦ったりします。
次に信一は「自分が狼になるから、私と仙吉は旅人になり、しまいに狼に喰い殺される遊びをしよう」提案します。狼に噛まれて土間に横たわった仙吉は着物の裾をまくられて腰から下を露出し、背中に乗った信一はむしゃむしゃと食べる真似をします。
信一は同様に横たわっている私にも乗ってきて鼻の頭から食べ始めました。泥の付いた草履で顔を踏まれても、私は不思議と恐怖よりも快感を感じるようになります。そして、いつの間にか心も身体も信一の自由になるのを喜ぶようになりました。
過激化する遊び
次の日の学校では、昨日の遊びが嘘のように、相変わらず仙吉はガキ大将で、信一は意気地なしです。ある放課後、私は信一の女中に呼び止められて「今日はお雛様が飾ってあるから遊びに来てください」と誘われます。
屋敷に行くと仙吉が出てきて、信一と光子のいる部屋に案内されます。4人で白酒を飲んで酔っていると、仙吉が「狐ごっこをしませんか」と提案します。
仙吉と私の前に、美女に化けた狐の光子が現れ、足で踏みつぶした饅頭や、痰や唾を吐き込んだ白酒をすすめます。私と仙吉はそれをたいらげます。
そこへ信一が現れて、人間をだます狐の光子を退治しようとします。光子は抵抗しますが、信一の号令のもと私と仙吉は光子の両脚を抱きかかえて縛り上げます。信一が口に含んだ餅菓子を光子の顔に吐き散らし、私と仙吉もそれをまねました。
それが終わると、信一は「犬になる」遊びをしようと提案します。すると信一は本物の犬を連れてきました。お菓子を平らげてしまった犬は、信一の指の先や足の裏をぺろぺろ舐め始めました。それを見た3人は負けじとその真似をします。
「綺麗な人は、足の指の爪の恰好まで綺麗に出来ている」と考えながら、私は一生懸命信一の指の股をしゃぶりました。
翌日からは毎日のようにこのような遊びを続け、私・仙吉・光子はいじめられるのを喜びましたが、中でも一番ひどい目に合わされるのは光子でした。
女王・光子
このような遊びがひと月ばかり続いたある日、信一の留守中に西洋館の2階から光子がピアノを弾く音が聞こえてきました。仙吉と私は光子を呼びます。すると光子が突然現れてげらげら笑い、「ピアノなど弾いていない」と言います。
仙吉と私は「言わないと拷問にかけるよ」と言って光子の手をねじ上げました。光子は降参し、「西洋館に入れてあげるから、縁日の夜に待ち合わせよう」と約束します。
約束通りに縁日の夜に私が1人で西洋館に入っていくと、いつもとは違う洋装の光子は「仙吉に会わせてあげる」と私の手をとり、薄気味の悪い部屋へ連れていきます。そこには手足を縛られて衣服を脱いだ仙吉が額へろうそくを載せて、上を向いて座っていました。
溶けたろうは両眼を縫い、唇を塞いで、顎から膝へぽたぽたと落ちています。光子は「これからあたしの家来にならないか」と私に言いました。私も仙吉同様に縛られて、蝋で目と口を塞がれます。
次の日から私と仙吉は光子の前ではおとなしくひざまずきます。信一も逆らえば私たちに制裁を加えられるので、光子の家来になりました。
次第に光子は調子付き、3人を奴隷のように使って、私・仙吉・信一・光子で構成される狭い国の女王となりました。
『少年』の解説
サドマゾの逆転
学校でガキ大将の仙吉はサド、信一はマゾ。遊戯の時は信一がサド、私・仙吉・光子がマゾです。中盤までは、私と仙吉は光子に対してサドを前面に出して接します。終盤になると立場が入れ替わり、光子がサド、私・仙吉・信一がマゾになります。
このように、サドとマゾは反転しやすく、表裏一体なのだという谷崎の認識が、テーマとして盛り込まれています。デビュー作の『刺青』も、初めはサドの清吉に焦点が当たっていましたが、清吉によって覚醒した娘は、清吉よりも優位な立場に変わります。
長編で初期・中期を代表する『痴人の愛』『卍』『春琴抄』にも同じことが言えます。この考え方は、谷崎作品を読み解く上でキーになるものでしょう。
『少年』の感想
西洋と東洋
谷崎は、西洋に対して強い憧れを持つと同時に、東洋人であることに恥と引け目を感じていた人物です。そのため、西洋人が上、東洋人が下、という意識が『痴人の愛』などの小説にも強く現れています。
私は、今回それが光子に反映されているのではないかと思いました。それまでは「振袖」「ちりめん」「帯」「草履」等の言葉が頻出し、彼らが和装であることが強調されています。
しかし光子が本領を発揮する時、舞台は屋敷ではなく西洋館で、光子は洋装です。さらに、彼女はピアノを外国人に習っているという欧米らしい趣味を嗜んでいます。
初めは虐げられていた光子ですが、最終的には女王として君臨します。その強者としての光子に、谷崎の中の西洋のイメージが与えられて、光子は西洋人らしい人物として描かれたのではないかと思いました
悪女、脚フェチ、同性愛、サドマゾ、スカトロジー(汚物趣味)の5つが揃った、谷崎にしか描けない異様でありながらも妖しく美しい小説だと思います。
気になったこと
『少年』の光子と、中期の作品『卍』の光子の名前が同じであることが引っかかりました。2人とも最終的には女王として人の上に君臨する人物なので、何か関係がありそうだと思いました。
光子は妾(めかけ)の子で、初めはいじめられてばかりいました。しかし、最終的には、正妻の息子である信一を奴隷にしています。
これは、立場の弱い妾の子の勝利と見ることができると思いますが、なぜそれが描かれたのかが分からないので、今後の課題にしたいと思います。
最後に
今回は、谷崎潤一郎『少年』のあらすじ・内容解説・感想をご紹介しました。
純粋無垢な少年たちの奇行が目立ち、何やら「普通ではない」空気が徐々に立ち込めいてく様子が鮮やかに描かれています。青空文庫にあるので、ぜひ読んでみて下さい!
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