純文学の書評

【今村夏子】『白いセーター』のあらすじと内容解説・感想

今村作品には、一生懸命のベクトルが少しずれている人、ゆえに周囲の理解を得られず孤独な人が描かれることが多いですが、『白いセーター』の主人公もそのような特徴を持っている人物です。

今回は、今村夏子『白いセーター』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『白いセーター』の作品概要

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著者今村夏子(いまむら なつこ)
発表年2017年
発表形態雑誌掲載
ジャンル短編小説
テーマ思い出の品にまつわる話

『白いセーター』は、2017年4月に文学ムック『たべるのがおそい』vol.3で発表された今村夏子の短編小説です。

寡黙で不器用な主人公が、ひょんなことから自分に懐いているとは言いがたい4人の子供たちの面倒を見る様子が描かれています。

著者:今村夏子について

  • 1980年大阪府生まれ
  • 『こちらあみ子』でデビュー
  • 『むらさきのスカートの女』で芥川賞受賞
  • 小川洋子を敬愛している

今村夏子は、1980年生まれ大阪府出身の小説家です。風変わりな少女が主人公の『こちらあみ子』で第26回太宰治賞を受賞し、小説家デビューを果たしました。その後、『むらさきのスカートの女』で第161回芥川賞を受賞し、再び注目されています。

作家の小川洋子を尊敬座りません発言しており、『星の子』の巻末には2018年に文芸雑誌『群像』に掲載された小川洋子と今村夏子の対談が収録されています。

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『白いセーター』のあらすじ

登場人物紹介

ゆみ子

寡黙な女性。伸樹と婚約している。

伸樹

ゆみ子の婚約者。理屈っぽい性格。

ともか

伸樹の姉。5児の母。

『白いセーター』の内容

この先、今村夏子『白いセーター』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

子供っぽくて嘘つきの女と、無口で冷静な男

クリスマスお好み焼きディナー

何年も前の12月、テレビで「ホテルの豪華クリスマスディナー特集」を見たゆみ子は、今年のクリスマスイブはフィアンセの伸樹と外食に行くことを決めます。

ホテルに行き馴れていない2人は、今までに3回行ったことがあるお好み焼き屋に行くことにしました。

 

そのお好み焼き屋はコロコロに太ったおばさんが切り盛りしており、おばさんの旦那さんと思われるテレビを見ているだけのおじさんもいます。

伸樹は「元々あの店は旦那さんがやっていて、でも突然病に倒れて思うように体が動かなくなってからは、奥さんにまかせるようになったんじゃないか」と推測しました。

一方でゆみ子は「おじさんは元々なんにもできない人なの。でもおばさんのことをすごく愛してて、ただそばにいたいからってだけであそこにじっと座ってるんだよ」と言いました。

 

クリスマスディナーの日、ゆみ子は伸樹にもらって一度も来ていなかった白いセーターを着ることにしました。「……汚れるよ」と言う伸樹にゆみ子は「汚さないようにする」と言い、大好きな伸樹と大好きなお好み焼きを食べに行く幸せを噛みしめるのでした。

突然の子守

クリスマスイブの3日前、伸樹の姉・ともかからゆみ子のもとに電話がありました。12月24日の昼から公民会で子供会のクリスマスパーティーがあり、ともかがその準備をしている間4人の子供を見ていて欲しいという内容でした。

ともかは「ゆみ子ちゃんには、見守り役っていうか、けがとか病気とか、もしなにかあった場合に電話でこっちに連絡してくれる係をお願いしたいんだ」と言い、午前中は子供たちを教会に行かせるためそこまで大変な世話にはならないことを伝えます。

こうしてゆみ子は、下は4歳から上は小学5年生までの子供4人を預かることになりました。

教会での事件

クリスマスイブ当日、会社に行く伸樹を白いセーターを着て見送ったゆみ子は、子供たちを迎えにともかの住む団地に向かいます。

団地の駐車場には、生後1ヶ月になる結菜を抱っこしたともかと小学5年生の大雅、小学4年生の杏里、小学2年生の悠斗、4歳の陸がいました。

「じゃあね、いい子にしてるのよ」とともかが去ってしまうと、子供たちはゆみ子に挨拶するわけでも話しかけるわけでもなく、ゆみ子に背を向けて教会に向かって歩き出しました。

 

教会の中に入るとすでに3分の2ほど座席が埋まっており、ゆみ子・杏里・陸は前の席、大雅・悠斗はその後ろの席に座りました。やがて聖書を小脇にはさんだ神父が入ってきて、静かな口調で聖書を読み始めます。

杏里につられてゆみ子が小さなあくびをし、神父が聖書のページを1枚めくったとき、境界の後ろの扉がキィ……と静かに開きました。するとその音に反応したかのように、陸が突然「でていけーっ!」と叫びました。

焦ったゆみ子は、とっさに陸の口を手のひらでふさぎ、暴れる陸の鼻をギュッとつまみます。しばらくして陸はおとなしくなりましたが、ゆみ子は騒ぎを収めるのに必死で陸の口と鼻をおさえていることを忘れていました。

気づいたゆみ子が手を離すと陸は大きな咳をしてえずき、ゆみ子の左胸を思い切りパンチしました。そして椅子から落ちて頭を打ち泣き出すと、大雅と杏里が陸に駆け寄り泣き止ませました。

すれ違い

その後子供たちは、教会でもらったお菓子を食べながら公民館に向かいました。そこで陸の涙のあとを見つけたともかから「なにもなかった?」と聞かれたゆみ子は「教会のいすから転げ落ちたんです」と答えます。

すると後ろから「うそだ!その人が陸を泣かしたんだ!」と大雅がゆみ子をにらみながら言いました。必死に弁明するゆみ子にかぶせるように大雅が反論したため、ともかとゆみ子はクリスマス会場の外に出て話しました。

話を聞いたともかは「よくわかった、ありがとう」と言い、会の手伝いをすると言うゆみ子に帰るよう言いました。

 

その夜、伸樹の仕事が終わってから駅で待ち合わせをしてお好み焼き屋に行く予定でしたが、18時10分に「実家に寄ってからアパートに戻ります」とメールが入りました。

「なんで?なんかあったの?」「実家で話があるそうなので」とやり取りをし、伸樹がアパートに帰って来たのは20時過ぎでした。伸樹が手を洗っている間に外に出たゆみ子は、お好み焼き屋で先に店に入っていた伸樹と対峙します。

ゆみ子は店の戸口から動かず、座ることを促す伸樹に「セーターが汚れるから、においがつくから嫌」と言い頑なに座りません。すると、伸樹は自身のコートでゆみ子の白いセーターを包んでくれました。

 

帰り道、いつも座ってテレビを見ているおじさんが店にいなかったことを伸樹に言うと、伸樹は「体の具合、悪いのかもしれないな」と話します。

ゆみ子も同じことを思いましたが、「もしかしたら、おばさんと離婚して、おじさんでていったのかもしれないよ」と口では全く別のことを言いました。「……離婚しますか」とつぶやくゆみ子に、伸樹は「結婚しないと離婚できないよ」と言いました。

過去の記憶

伸樹のコートによって包まれた白いセーターは、汚れからは守られてもにおいからは守られませんでした。ゆみ子はセーターをポリ袋に入れて衣装ケースにしまいこみました。

それから、ゆみ子は一日を無駄に過ごしたいときにたまに袋の口を開けて中の空気を吸い込みます。もうとっくにお好み焼きのにおいは消えてしまっていますが、クリスマスの日のことやそれ以外のことを思い出して泣いたり笑ったりできるのです。

『白いセーター』の解説

子供らしさを持つゆみ子

『白いセーター』において、ゆみ子は子供っぽい女性として描かれています。

例えば、「ホテルに行ったことがなく、ホテルに着ていく服も持っておらず、ナイフとフォークの持ち方さえよくわかっていない」という語りがあったり、前に教わったはずのともかの電話番号を忘れてしまったり、子供たちを教会からクリスマス会の会場になっている公民館まで送り届ける約束を忘れていたりしています。

 

そして行き過ぎた子供っぽさは、欠点として表出します。教会でもらったお菓子を歩きながら食べてしまった子供達を見て、ともかはゆみ子に「注意してくれなくちゃ」と言いました。

ゆみ子は「…すみません」と謝りましたが、子供たちがお菓子を食べているところを見ていたときのゆみ子は、「子供たちはおみやげのお菓子の袋を早速開けて、食べながら歩いた」とお菓子を食べる子供たちの様子をただ観察しているだけでした。

このことから、クリスマス会の前にお菓子を食べることが注意すべき事項であると認識していないことが読み取れます。

 

そして伸樹が実家に呼び出される場面で、伸樹はおそらくゆみ子と子供達が口論になったことがきっかけで呼び出されていますが、ゆみ子は「なんで?なんかあったの?」と聞けるほど察しが悪いです。

ここには、状況を察することができない鈍感なゆみ子の姿が写し出されます。

 

また教会で騒ぐ4歳の陸に対して「鼻をギュッとつまんだ」行為は正しい判断とは言えず、陸にパンチされたゆみ子は「ズキズキする胸をおさえながら呼吸を整えるだけで精一杯だった」と語っています。

4歳児にパンチされて動揺する成人女性より、チョコレートを陸の口に入れて泣き止ませた杏里や、とっさに陸を自分の隣に座らせた大雅の方がよっぽど大人です。

さらに、胸の痛みが気になってもらったお菓子を食べる気になれないという大げさな語りもあります。殴られたところが腫れているか内出血しているか確認するほど、ゆみ子にとって陸に殴られたことは衝撃的な出来事でした。

 

極め付けは、クリスマス会場でゆみ子と子供たちの主張が食い違い、弁明する場面でゆみ子は「まずわたしからです!」「陸くんわたしの胸を殴ってきて、そう、わたし、何回も胸を殴られて…」と発言しました。

これらは、自身が監督者であることを無視した発言です。この発言により、ゆみ子の責任感の無さが露呈しています。

 

今村作品には、欠陥のある人物が登場することがあります。例えば、『星の子』のちひろや『こちらあみ子』のあみ子は場の雰囲気を読むことができない少女として描かれています。

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本作の場合は、ゆみ子の幼さや至らなさがそれにあたります。解説のインタビューでは「子供っぽくて嘘つきの女性」と語られていますが、この度が過ぎたゆみ子の未熟さが、自身の幸せを失うことにつながってしまいました。

『白いセーター』の感想

終焉

「(略)でもおばさんのことをすごく愛してて、ただそばにいたいからってだけであそこにじっと座ってるんだよ」

上記のゆみ子の発言は、お好み焼き屋で働くおばさんとは対照的に、座っていることが多いおじさんの正体について推測したものです。

 

ところがクリスマスの夜に伸樹とお好み焼きに行った帰り、ゆみ子は自身の思いと反して「もしかしたら、おばさんと離婚して、おじさんでていったのかもしれないよ」と言いました。そして、ゆみ子は「離婚しますか」と言うのでした。

ゆみ子と伸樹の関係と呼応するように、お好み焼き屋のおばさんとおじさんに関するゆみ子の発言が変化していました。

この会話と、セーターの匂いで伸樹との思い出に浸るゆみ子の描写から、その後2人は別れたことが推測できます(角川文庫版の解説には、「主人公は現在独り身という設定です」とあります)。

 

また、ゆみ子と伸樹は変化を嫌う人物です。2人の外食はお好み焼きか沖縄料理のどちらかしかなかなく、お好み焼き屋ではゆみ子は豚玉、伸樹さんはデラックスモダンをいつも頼みます。

ゆみ子はクリスマスに普段手を出さないトッピングに挑戦したいと思っていましたが、当日頼んだのは結局豚玉でした。そして、「わたしたちはいつもと同じものをたのんで、いつもと同じペースで食べ」たのでした。

さらに伸樹は、家でテレビを観ながら柿ピーとアルファベットチョコをつまみに飲むことを習慣としています。

 

伸樹はゆみ子の婚約者で、そこに至るまでに長く交際したものと思われます。伸樹の姉はゆみ子と面識があったため、ゆみ子と伸樹はおそらく互いの両親への挨拶を済ませているのではないでしょうか。

変化を嫌う2人だからこそ、そこまで関係を進めた上で別れるには相当な決意があったと思います。

ゆみ子は「大好きな伸樹さんと、大好きなお好み焼きを食べにいく」ことを心待ちにしており、1週間以上前からお好み焼き屋で何を頼むか考えるほど楽しみにしていました。

またゆみ子は、自分のコートでゆみ子の白いセーターを包んでくれる伸樹の優しさを感じました。

 

少なくともゆみ子は伸樹のことを愛していましたが、ゆみ子の外部(伸樹の姉やその子供たち)との接触をきっかけに、ゆみ子と伸樹の関係に亀裂が入ってしまう結果となりました。後半、ゆみ子と伸樹のすれ違いが会話から滲み出ていて悲しくなりました。

最後に

今回は、今村夏子『白いセーター』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

ぜひ読んでみて下さい!

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yuka
「純文学を身近なものに」がモットーの社会人。谷崎潤一郎と出会ってから食への興味が倍増し、江戸川乱歩と出会ってから推理小説嫌いを克服。将来の夢は本棚に住むこと!
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