具合が悪い時の夢のような、気持ち悪くて不気味なのに、謎の滑稽さも感じさせる不思議な小説『せとのママの誕生日』。
今回は、今村夏子『せとのママの誕生日』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『せとのママの誕生日』の作品概要
著者 | 今村夏子(いまむら なつこ) |
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発表年 | 2019年 |
発表形態 | 書き下ろし |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | 不気味 |
『せとのママの誕生日』は、2019年に発表された今村夏子による書き下ろしの短編小説です。『父と私の桜尾通り商店街』という短編集に収録されています。
著者:今村夏子について
- 1980年大阪府生まれ
- 『こちらあみ子』でデビュー
- 『むらさきのスカートの女』で芥川賞受賞
- 小川洋子を敬愛している
今村夏子は、1980年生まれ大阪府出身の小説家です。風変わりな少女が主人公の『こちらあみ子』で第26回太宰治賞を受賞し、小説家デビューを果たしました。その後、『むらさきのスカートの女』で第161回芥川賞を受賞し、再び注目されています。
作家の小川洋子を尊敬していると発言しており、『星の子』の巻末には2018年に文芸雑誌『群像』に掲載された小川洋子と今村夏子の対談が収録されています。
『せとのママの誕生日』のあらすじ
わたし・アリサ・カズエは、せとのママの誕生日を祝うためにスナック「せと」に集まりました。しかし、ママはこたつで死んだように眠っていました。ママが起きるまで、3人は働いていたころの思い出話に花を咲かせます。
登場人物紹介
わたし
「スナックせと」で手伝いをしていたことがある。
せとのママ
「スナックせと」のママ。
アリサ
昔、「スナックせと」で働いていた。生マッシュルームにそっくりのでべその持ち主。
カズエ
10代のころ「スナックせと」の手伝いをしていた。
『せとのママの誕生日』の内容
この先、今村夏子『せとのママの誕生日』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
ママを葬る
スナックせと
1月10日。スナックせとの元従業員のわたし・アリサ・カズエは、ママの誕生日を祝うためにスナックに集まりました。しかし、店のカギは壊れている上に真っ暗で、ママは住居兼更衣室の部屋で寝ていました。
それを見たカズエは、「……死んでる」と言いました。わたしはママのまぶたをこじ開け、懐中電灯で照らします。そのとき、瞳孔が縮んだのでわたしは「まだ生きてる」と思いました。
でべそ
ママが起きるのを待つ間、3人は思い出話に花を咲かせます。
アリサはでべそがコンプレックスでしたが、ママに言われて客に見せるようになり、しまいにはお金まで取り始めました。しかし、商売道具だったでべそを手術で取ることになってしまいます。
でべそを失ったアリサは悲しみにふけります。それを聞いたカズエは、「で、見つかったの?」とたずねます。「見つかった」「どこにあったの?」「冷蔵庫の中」「今日持って来てる?」そう聞かれたアリサは、黒い塊をコートから取り出します。
わたしは、その干からびたしいたけを手に乗せました。
みんなの一部
それから、店の冷蔵庫からはシホのくちびると言う名のたらこや、ユミの指やアカリの舌、ナナコのあごが出てきました。
わたしたちは、一心不乱にそれらをママの身体に乗せていきます。
時刻は、午後11時45分。わたしたちがここに来てから3時間45分が経っていました。ママは一向に起きるそぶりを見せません。わたしは、またママのまぶたを開けて瞳孔の動きを確認しました。
「生きてるの?」「まだ生きてる。」わたしたちは、ママが目を覚ますまで待ち続けるのです。
『せとのママの誕生日』の解説
ママは生きてるのか
『せとのママの誕生日』というほっこりするタイトルからは想像できないくらい、不気味な物語でした。
おちぶれた真っ暗なスナックで、死んだように眠っているママ。カズエは「死んでる」と言いましたが、わたしは瞳孔が縮むのを確認して「生きてる」と判断します。
ここでポイントなのは、この小説が1人称であるということです。わたしの主観でしか語られないので、この判断にもわたしの主観がおおいに反映されていることになります。そのため、本当に「生きている」のかどうかはかなり怪しいです。
そもそも、素人のわたしが瞳孔の動きを正確に判断できるのかと疑問に思いました。
しかも店のカギは壊れているし、ドアの取っ手は半分外れている状態です。割れた窓ガラスからは冷たい風がふきこんでいて、そこは「ネズミの巣」のようです。こんなところに人間が住んでいるとは考えにくいでしょう。
実際、ママの身体にもくもくと女の子の一部を置いているカズエを、わたしは「献花でもするみたいに」と表現しました。やはり、どこかでママの死を意識していたのではないかと思います。
しかし、その事実を誰も受け入れたくないがために、「生きてる」と思いこもうとしていたのではないかと考えられます。
『せとのママの誕生日』の感想
具合悪いときの夢みたい
今村夏子の小説のキーワードは、「話が通じない」「絶妙にコミュニケーションがとれない」というところだと思います。人物のそれぞれが、自分の世界を広げてそれを前提で話を進めるので、話がいつまで経ってもかみ合わないのです。
そこから生まれる不安や気持ち悪い感じが、今村作品の最大の魅力だと思います。なんの説明もなしに、でべそと言う名の干ししいたけが登場し、乳首と言う名のカリフォルニアレーズンが登場し……
読者が混乱しているにもかかわらず、わたしもアリサもカズエも勝手に話を進めてしまうのです。仕方なく、読者は彼女たちの世界に訳が分からないまま入り込み、その世界のルールに従うことを余儀なくされるのです。
このよく分からないことを強制されるカオスな感じが、具合が悪い時に見る夢にそっくりだと感じました。
最後に
今回は、今村夏子『せとのママの誕生日』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。
ぜひ読んでみて下さい!