『ルルちゃん』には、知育人形のルルちゃんと主人公の関係が描かれています。
今回は、今村夏子『ルルちゃん』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『ルルちゃん』の作品概要
著者 | 今村夏子(いまむら なつこ) |
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発表年 | 2017年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | 狂気 |
『ルルちゃん』は、2017年に小説誌『文芸カドカワ』(12月号)で発表された今村夏子の短編小説です。人形を人間のようにあつかう2人の女性が描かれています。『父と私の桜尾通り商店街』という短編集に収録されています。
著者:今村夏子について
- 1980年大阪府生まれ
- 『こちらあみ子』でデビュー
- 『むらさきのスカートの女』で芥川賞受賞
- 小川洋子を敬愛している
今村夏子は、1980年生まれ大阪府出身の小説家です。風変わりな少女が主人公の『こちらあみ子』で第26回太宰治賞を受賞し、小説家デビューを果たしました。その後、『むらさきのスカートの女』で第161回芥川賞を受賞し、再び注目されています。
作家の小川洋子を尊敬していると発言しており、『星の子』の巻末には2018年に文芸雑誌『群像』に掲載された小川洋子と今村夏子の対談が収録されています。
『ルルちゃん』のあらすじ
「わたし」は、人材派遣会社から仕事をもらってクッキー工場で働いています。そこで出会ったベトナム人のレティに漫画を貸すため、わたしはレティを家に入れました。
レティは、本棚にあった人形のルルちゃんに興味を持ちます。わたしは、レティにルルちゃんとの出会いを話すのでした。
登場人物紹介
わたし
主人公。クッキー工場で週に4~5回働いている。
レティ
わたしと同じクッキー工場で働くベトナム人女性。
安田さん
40歳前後の女性。上品な専業主婦。
ルルちゃん
幼児向け知育人形。わたしの家に置いてある。
『ルルちゃん』の内容
この先、今村夏子『ルルちゃん』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
意思を持った人形の物語
ルルちゃん
「わたし」は、派遣会社から紹介されたクッキー工場で働いています。わたしは、ある日そこで知り合ったベトナム人のレティに漫画を貸すため、レティを家に入れました。レティは、本棚にある人形を指さして「doll」と言いました。
わたしは、「ルルちゃん」と答えます。「誰の?」と聞くレティに、わたしは「ルルちゃんは誰のものでもない」と心の中で答えるのでした。
ルルちゃんとの出会い
10年前、ルルちゃんはわたしのもとにやって来ました。そのとき、わたしは今とは別の工場で週3回働いていて、仕事がない日は図書館に行って過ごしていました。わたしはそこで、安田さんという女性と出会います。
ある日、わたしは図書館の外で安田さんと会いました。安田さんは、わたしを家に招待しました。7階建ての賃貸マンションの最上階の部屋に入り、ソファに座ったわたしは驚きます。
そこには、幼児向け知育人形の「よちよちルルちゃん」が置いてありました。わたしは、小さい時にあこがれていたルルちゃんを間近で見ることができ、感動します。
安田さんが作ったカレーができあがり、わたしはカレーを食べ始めました。カレーを食べ終えて帰り支度を始めたわたしを、「福神漬け出すの忘れてた」と安田さんが呼び止めます。安田さんは福神漬けとワインを用意し、わたしと一緒に食べ始めました。
安田さんは、わたしが暴力をふるう父に育てられたことを知ると、「あたし、子供を傷つける人間って大嫌いなの」と言いました。
それから、安田さんは「小さな子が暴力ふるわれてるところ見たことない?」「そういう子見たら、助けてあげたいと思わない?」「抱きしめて頭をなでてあげたいと思わない?」「思わないのかってきいているの!」と言って勢いよくグラスを置きました。
我に返った安田さんは、「こういう話題になるとすぐ熱くなっちゃうんだから」と言いました。
安田さんは、街で親に頭をたたかれた子供を見たら、家に帰ってルルちゃんの頭をなでてやり、耳を引っ張られている子供を見たら、ルルちゃんの耳を冷やしてやるのだとわたしに話します。
その後、わたしはワインを飲んで寝てしまった安田さんの腕から、ルルちゃんを引き抜いたのでした。
グッナイ、レティ
それを聞いたレティは、「ド、ロ、ボ、ウ」とわたしに言いました。わたしは必死に否定しますが、レティは「ヤマネサン、タイホ」と言いながら、わたしが慌てる姿を喜んでいます。
「ソロソロ、カエリマス」とわたしに告げたレティは、わたしの腕の中のルルちゃんに「Good night baby」と言いました。ルルちゃんは「グッナイ、レティ」と言いました。
『ルルちゃん』の解説
欠陥のある人物
今村夏子は、人間として何かが欠けている人物を書くことが多い作家です。
たとえば『星の子』や『こちらあみ子』という作品では、空気が読めない少女がそれぞれ主人公に据えられていて、『せとのママの誕生日』という作品では、髪や爪、舌や指など体の一部を失った女性が描かれています。
これを考慮に入れて、私は安田さんは不妊だったのではないかと推測しました。自力で子供を作れない反動と考えると、子供にたいして異常なくらい強い愛情を持っていることの説明ができます。
また、安田さんは「主人の帰りはだいたい8時過ぎ」と言っていたのに、その日主人は11時を過ぎても帰って来ませんでした。
これは、主人が不妊の妻に愛想を尽かしていると解釈できないでしょうか。安田さんが「主人の帰りは8時過ぎ」と言ったのは、安田さんのプライドが許さなかったからです。
また、最終的に安田さんはボトルに直接口をつけてワインを飲み、吐いたあとに眠り込んでしまいます。
安田さんは夫が外で遊んでいることを知っており、思いがけず子供の虐待の話になって熱くなり、日ごろのうっ憤もあって深酒をしてしまったのではないかと思いました。
以上では安田さんの欠陥に触れましたが、「わたし」の欠けているところにも注目したいと思います。
わたしがレティと話している現在の10年前、安田さんはわたしより一回り年上で40歳前後でした。すると、10年前のわたしは28歳くらいということになるので、現在のわたしの年齢は38歳くらいです。
38歳の女性が、幼児向けの人形を部屋に置いて大事に抱きしめているところを想像すると、痛いのを通り越して怖いです。安田さんだけでなく、わたしにもそれなりの欠陥があることが、ここからわかります。
『ルルちゃん』の感想
ぎりぎりの狂気
今村夏子は、淡々としていて不気味な小説を書く作家だと思います。彼女の文章は非常にシンプルでわかりやすく、水が染み込むように耳になじんでいきます。
しかし、あまり心を開いてはいけないような、限度を超えてかかわっちゃいけないような危うさも兼ね備えています。
『ルルちゃん』もそんな不穏な雰囲気が漂う小説で、狂気が小出しにされているというか、あふれる寸前で止まっている印象を受けました。
安田さんは虐待の話になったとたん、それまでのおっとりした上品なマダムから一変し、声を上げて「わたし」に強くつめ寄ります。読みながら、そのときの安田さんの目が見ひらかれて血走っているのを想像し、怖くなりました。
そのあと、すぐに我に返ってワインを飛び散らせたことや、厳しい口調になったことを謝り、通常の口調で話し始めたのも、なにかが憑依したあとみたいでおそろしく感じました。
このような、ぎりぎりのところで踏みとどまっている緊張感が、今村夏子の持ち味だと思います。
最後に
今回は、今村夏子『ルルちゃん』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。
なんとなく、ルルちゃんと『チャイルド・プレイ』のチャッキーが重なって、背筋がぞっとする恐怖を覚えました。ホラーテイストの作品なので、ぜひ読んでみて下さい!