『燃ゆる頬』は、タイトルから想像できるように少年同士の恋愛がテーマとなっている小説です。
今回は、堀辰雄『燃ゆる頬』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『燃ゆる頬』の作品概要
著者 | 堀辰雄(ほり たつお) |
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発表年 | 1932年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | 異性へのめざめ |
『燃ゆる頬』は、1932年に文芸雑誌『文藝春秋』(1月号)で発表された堀辰雄の短編小説です。青年同士の淡い恋愛が描かれています。堀辰雄自身が、高校時代に寄宿舎で生活していた経験が題材になっています。Kindle版は無料¥0で読むことができます。
著者:堀辰雄について
- 「生死」をテーマにした作品が多い
- 芥川龍之介に師事する
- 古典や王朝女流文学に目を向ける
- 48歳のときに結核で亡くなる
堀辰雄は、20歳前後のときに関東大震災で母親を亡くしたことによる心労で、結核にかかってしまいました。その影響で、「生と死」がテーマとなっている作品が多いという特徴があります。
室生犀星(むろう さいせい)から芥川を紹介され、堀は芥川のことを父親のように慕いました。その後、古典や王朝女流文学を作品に興味の幅を広げ、平安朝が舞台の『曠野(あらの)』や、日記体が採用されている『菜穂子』を執筆しました。
晩年は結核の症状が悪化し、戦後は作品の発表がほぼできないまま、闘病生活の末に亡くなりました。
『燃ゆる頬』のあらすじ
高校生になったばかりの主人公「私」は、寄宿舎で暮らしています。ある時、三枝(さいぐさ)という男子生徒が同じ部屋にやってきました。三枝は痩せていて、薄くて白い皮膚やばら色の頬を持った、か弱くも美しい少年でした。
私と三枝は徐々に仲良くなって、友達とは呼べない関係にまで進展します。夏休みには2人で旅行に行く計画を立てました。ところがこの旅行がきっかけで、2人の関係を揺るがす決定的な事件が起こります。
登場人物紹介
私
17歳の主人公。高等学校の寄宿舎で生活をしている。
三枝(さいぐさ)
「私」の同級生。脊椎カリエスという病気をわずらっている。
魚住(うおずみ)
「私」の先輩。主人公と同じ寄宿舎で暮らしている。
『燃ゆる頬』の内容
この先、堀辰雄『燃ゆる頬』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
異性へのめざめ
魚住と私
主人公の私は、高校の寄宿舎で生活をしています。そこにいる生徒はみな体が大きく、小柄な私は彼らに仲間外れにされないように必死で大人びようと試みます。
ある昼休み、私は花だんのそばを歩いていると、脚に花粉をつけた蜂が飛んでいるのを見かけました。私はその時、花だんの花がその蜂を呼ぶかのようにめしべをくねらせているように見えました。
それを見た私は、受粉したての花をむしって、手の中で潰してしまいました。あからさまな繁殖行為を見て、私は不快な気分になったのでした。
そんな私を、遠くから呼ぶ声がします。上級生の魚住と言う男子生徒です。魚住は円盤投げの選手をしていて、立派な体格をしていました。
魚住は私を実験室に呼んで、「顕微鏡を見せてやる」と言いました。私は魚住の横で顕微鏡を見ながら、魚住の様子がいつもと違うことに気が付きます。急接近してくる魚住に不可解なものを感じた私は、足早に魚住から去りました。
美しい三枝
そんな時、私の部屋に三枝という男子生徒がやって来ました。彼は、静脈が透けるような皮膚、細い首、ばら色の頬を持った美しい少年でした。
ある夜、喉を痛めた私が早めに寝室に行くと、三枝がすでに部屋にいました。事情を話すと、三枝は私のこめかみにその冷たい手を当て、それから彼は私の手首を握りました。
私は、自分の脈が急に高くなったことを感じました。私の心は、美しい三枝に惹かれていたのです。
めざめ
日を経るごとに、私と三枝の親密度は上がり、もはや友人という枠を超えかけていました。夏休みには、2人で旅行に行く計画を立てました。
宿に着いて寝ようとした時、私はふとあるものに目を止めました。三枝の背中に妙な突起があったのです。私が「これは何だい?」と聞くと、三枝は顔を赤らめながら「これは脊椎カリエスの痕なんだ」と告白します。
気になった私は、「ちょっといじらせない?」と言ってその突起を何度も撫でました。三枝は目をつぶりながらくすぐったそうにしました。
2人は、旅先のとある半島の小さな村を歩いていました。そこでは、5~6人の娘がびく(魚を入れるかご)を持って立ち話をしていました。
私はその中の1人に興味を持ちましたが、声を掛けられません。私がもじもじしていると、三枝が堂々と前に出て、彼女に話しかけます。私も負けじと、「びくの中の魚は何か」と問いました。
娘はその拍子外れな質問を聞いて笑いました。三枝も、意地悪そうに笑っています。それを見て、私は三枝に敵意を感じました。私の中で、三枝が恋の相手ではなく恋のライバルになった瞬間です。
三枝の死
それ以降、私の頭からは少女のおもかげが離れなくなってしまいました。三枝と一緒にいても、少女の存在がちらつくのです。旅行の帰りの電車で、三枝は何度も私の手を握りました。しかし私は、一度も握り返しはしませんでした。
それ以降、私が三枝に会うことはありませんでした。三枝はいくつもの手紙を私によこしましたが、私はそれに対して徐々に返信をしなくなっていきました。彼が脊椎カリエスを再発させたことを知っても、連絡を取ることはしませんでした。
夏休みが終わって学校に行くと、三枝は別の土地に引っ越していました。そして冬になり、私は校内の掲示板で、三枝が亡くなったことを知ります。私はそれを、特に心を動かすことなくぼんやりと見つめました。
犯した罪の重さ
数年後、私は肺結核と診断されました。そしてある高原の療養所に向かいます。その療養所には、15~16歳くらいの少年1人しか入っていませんでした。彼は、脊椎カリエスの患者でしたが、回復期にあるようです。その顔は、どことなく三枝に似ていました。
ある朝、その少年は全裸で日光浴をしていました。そのとき私は、脊椎カリエス患者特有の、背骨の突起を見てしまいます。
その瞬間、三枝の姿がフラッシュバックして、私はめまいに襲われました。私はこの時にようやく、三枝に対して「取り返しのつかないことをしてしまった」という後ろめたさを感じるのでした。
『燃ゆる頬』の解説
3人の関係
彼の頬の肉は妙にたるんでいて、その眼は真赤に充血していた。そして口許にはたえず少女のような弱弱しい微笑をちらつかせていた。(中略)彼の熱い呼吸が私の頬にかかって来た……
引用したのは、魚住が主人公に接近する場面です。これに加えて、魚住が三枝の寝室に侵入したことを考えると、魚住の恋愛対象は少年であることが推測できます。
次に、主人公・魚住・三枝について整理します。主人公は、「彼等(寄宿生)の中で一番小さかった」「まだ髭(ひげ)の生えていない頬」という描写から、身体的にまだ大人になり切っていないことが分かります。
三枝に関しても、病弱であったり、「上級生から少年視されていた」という記述があることから考えて、男性的な特徴を有していないことが読み取れます。
一方で魚住は、「私の倍もあるような大男」「円盤投げの選手」「毛ぶかい手」という風に表現されていて、大人への成長を遂げた人物として描かれています。
このように身体的特徴で分類してみると、主人公・三枝が同じ属性を持っていて、魚住だけが異なるという事が分かります。主人公に近づいて脈なしだと判断した魚住が、三枝にシフトしてもうまくいかなかったのは、こういう事情があったからなのではないでしょうか。
少年愛
少年愛は、純潔なものとして描かれることが多いです。一方で男女の恋愛は、不純なものとして捉えられることがあります。性には「不潔」というイメージがつきまとうからです。
本作は、それが前提となって話が展開していきます。無垢でけがれのない少年の主人公は、三枝とのプラトニック(精神的)な恋愛を楽しみますが、やがてそれを壊すものが表れます。
それは、少女の存在です。寄宿舎と言う男子生徒しかいない閉そく的な空間では、主人公は確かに三枝と恋仲でした。ところが一歩外に出て「少女」と触れあった主人公は、異性に心を奪われる経験をしたのです。
その結果、主人公は同性の三枝への興味を失ってしまいました。この異性へのめざめが、主人公の言う「脱皮」です。
主人公はこのことを振り返って、「少年時の美しい皮膚を、惜しげもなく脱いできた」と語っています。この「美しさ」は異性にめざめる前の清廉(せいれん)さを表しています。
さらにこの成長を脱皮に例えていることは、不可逆であることを示しているのではないかと思いました。一度脱いだ皮を再び着ることはできません。主人公は、もう2度と少年の時のような穢れのない恋愛をすることができないのです。
『燃ゆる頬』の感想
官能的な文章
私はそれらの見知らない花が一せいに、その蜜蜂を自分のところへ誘おうとして、なんだかめいめいの雌蕋を妙な姿態にくねらせるのを認めたような気がした。(中略)私はそれを見ると、なんだか急に子供のような残酷な気持になって、いま受精を終ったばかりの、その花をいきなりむしりとった。しまいには私はそれを私の掌で揉みくちゃにしてしまった。
堀辰雄は、性を露骨に描かない作家です。男女の恋愛を書いても、愛のささやきはほとんどなく、ひたすらに人物同士の心理を追っていくという手法を取ります。
そういうことがあってか、本作の主人公は性にあからさまな嫌悪を抱きます。引用部がまさにそうです。
その分、文章からにじみ出る艶っぽさはすさまじいです。直接的な表現を避けるからこそ、かえって心に訴えかけてくるものが多いような気がします。
しかし決して下品ではなく、むしろ上品に仕上がっているのが、堀辰雄の文章の最大の特徴だと思います。文章がじんわり発熱して、全体的に微熱を帯びているような小説です。
最後に
今回は、堀辰雄『燃ゆる頬』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。
『燃ゆる頬』には、女を知る前の少年と知った後の青年が描かれています。めざめによって、主人公と三枝のかすかな恋が葬り去られるのを見るのは残酷で心苦しかったです。
感受性の高い思春期の感覚がよみがえってくる小説だと思います。ぜひ読んでみて下さい!
↑Kindle版は無料¥0で読むことができます。