読んでいる方まで洗脳されそうになる『魔術師』。
今回は、谷崎潤一郎『魔術師』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『魔術師』の作品概要
著者 | 谷崎潤一郎(たにざき じゅんいちろう) |
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発表年 | 1917年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | 怪奇小説 |
1組のカップルが、奇妙な魔術師に出会う物語です。時代や場所が特定されていないため、捉えどころのない不思議な魅力があります。
著者:谷崎潤一郎について
- 耽美派作家
- 奥さんを友人に譲るという事件を引き起こす
- 大の美食家
- 生涯で40回の引っ越しをした引っ越し魔
反道徳的なことでも、美のためなら表現するという「唯美主義」の立場を取る耽美派の作家です。社会から外れた作品を書いたので、「悪魔」と評されたこともありました。
しかし、漢文や古文、関西弁を操ったり、技巧的な形式の作品を執筆したりして、今では日本を代表する作家として評価されています。谷崎潤一郎については、以下の記事をご参照ください。
『魔術師』のあらすじ
主人公は、恋人に誘われてある魔術師の魔術を観に行きました。魔術師が小屋を出す公園は、異国の雰囲気が漂う場所です。
魔術師の小屋には、異国の人やすでに魔術にかかった人であふれています。そして、2人もまた魔術師に取り込まれてしまいます。
登場人物紹介
私
主人公。恋人に連れられて、ある魔術師の小屋に行く。
恋人
主人公の恋人の女性。魔術師の見世物を見に行くことを提案する。
魔術師
町の不思議な公園に小屋を出した魔術師。男か女か分からない。見た人は、その魔術の虜(とりこ)になって毎晩見ずにはいられなくなる。
『魔術師』の内容
この先、谷崎潤一郎『魔術師』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
洗脳、支配、恍惚
不思議な公園
東京のようでもあり、南米の植民地のようでもあり、中国やインドの船着場のようでもあるその町には、不思議な公園がありました。主人公の私は、恋人からその公園に行こうと誘われます。
その公園では、いつも変わった催し物が行われていました。主人公が、「あの公園には、もっと我々の魂をおびやかす物があるだろう。私にはそれがなんだかわからないが、お前は知っているに違いない」と言います。
恋人は「そうです。私は知っています。それは、近ごろ公園に小屋を出した魔術師です。その魔術師はとても美しく、一度その魔術を見た人は、毎晩行かずにはいられなくなってしまうのです」と言いました。2人は、その魔術を見に行くことにしました。
魔術師
たどり着いた公園は、実におかしな場所でした。公園と言っても木は1本も生えておらず、巨大な建物が電飾で飾られてそびえています。アラビア風の建物、ピサの斜塔をさらに傾けた塔、家全体が人間のような建物、そり返ったものなど、常軌を逸した建物ばかりです。
そして、恋人に導かれるままに、主人公は魔術師の小屋のアーチをくぐりました。主人公は、あまりの異様さにおじけづきますが、恋人は気にせずどんどん進んでいきます。
小屋の中に入ると、中国人、インド人、ヨーロッパ人と多種多様な人種の人がひしめき合っています。日本人らしき人は1人もいません。
舞台中央の階段の上には、玉座のような席が設けてありました。そこには、若くて美しい魔術師が腰掛けています。
魔術師は、生きた蛇のかんむりを頭に乗せ、黄金のサンダルを穿いています。魔術師の6人の助手たちは、奴隷のようにかしこまって控えています。
負けた主人公
魔術師は、いくつかの魔術を披露した後に、次の魔術の説明を始めます。それは、人間の肉体の一部分だけを別のものに変更させるというものでした。
主人公は、その説明よりも魔術師の美しさに目を奪われました。主人公は、魔術師は男だと思っていましたが、どちらなのか見当がつきません。女性から見れば絶世の美青年ですし、男性から見れば絶世の美女なのです。
男性美と女性美の両方を兼ねあわせた、完璧な美がそこにありました。そればかりか、あらゆる人種の美しいところだけを合わせたような感じだったのです。
魔術師は、美しい女奴隷を選び、「お前は今夜何になりたい?」と問いかけます。女は、「美しいクジャクになりとうございます」と言いました。魔術師が呪文を唱えると、女はクジャクに変身しました。
あぜんとする観客に、魔術師は「誰か犠牲になる人はいませんか?」と聞きます。主人公は、他の観客にまぎれてふらふらと魔術師の元へ向かいます。
そんな主人公を見た恋人は、「私があなたを愛する心は変わらないのに、あなたは魔術師に仕えようとするのですね」と泣きながら言いました。
主人公は、「私はあの魔術師の美貌におぼれて、お前を忘れてしまったのだ」と言います。そして、魔術師にファウン(上半身が人間で、下半身が羊の神)にしてほしいと頼みます。
主人公がファウンになると、恋人は舞台に上って「彼を人間に戻してください。それができないのなら、私も彼と同じ姿に変えてください」と言います。
すると、魔術師は恋人をファウンにしてしまいました。恋人は、主人公に歩み寄って、ツノとツノを絡めます。こうして、2体のファウンは決して離れなくなりました。
『魔術師』の解説
LGBT文学として読む
1949年に三島由紀夫『仮面の告白』が発表されるまで、同性愛を描いた作品で有名になったものはありません。しかし、『魔術師』は完全な同性愛とは言えなくとも、それに似た性質はあるのではないかと思います。
魔術師は両性の美を兼ね備えた人物であり、男性である主人公は魔術師の美しさに魅了されます。この意味で、『魔術師』はLGBT文学として読むこともできると思いました。
また、江戸川乱歩が谷崎に傾倒していたのは有名な話ですが、『魔術師』の冒頭部は乱歩の作品に受け継がれています。
『魔術師』の感想
悪夢
夢かうつつかまぼろしかという感じで、終始ふわふわした気分で読みました。私も、魔術にかかったようでした。
まず思ったのは、見世物小屋(身体障害者や特殊な能力を持つ人が、過激な芸をする興行のこと)のようだということです。小屋の中はまがまがしい装飾や、過剰なほどの明るさで満ちていて、人でぎゅうぎゅう詰めです。
そんな非日常で異常な空間で、摩訶不思議な芸を見せられたら、心を奪われてしまうのも無理はないなと思いました。
また、魔術師は魔術を見せるだけではなく、確実に自分の虜になる人を増やしています。読んでいて、新興宗教のようだとも感じました。
主人公は、魔術師に使える人を「奴隷」と呼んでいますし、そこには決定的な上下関係があることが示されています。谷崎は「支配と隷属」が大好きなので、結局はそこに行き着くんだなと思いました。
書籍だからこその面白さ
登場する不思議な公園は、「東京のようで、南米のようで、中国やインドのようで……」と描写され、魔術師の容姿については、「男か女か分からない。少年少女、世界中の人種のあらゆる美を1つにした顔」と描写されています。
読者は、この描写をヒントに公演の様子や魔術師の顔を想像します。このヒントはものすごい矛盾をはらんでいるので(男性美と女性美が共存していることなど)、映像化して目に見えるようにするのは不可能だと思います。
でも、想像する分には何の問題もありません。イメージの中では矛盾も気にならないからです。私は、この想像する作業こそが、『魔術師』を読むときの最大の楽しさだと思います。
最後に
今回は、谷崎潤一郎『魔術師』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。
青空文庫にはまだ登録されていないので、ぜひ購入して読んでみて下さい!