恋愛経験のないOLが、「2人の彼氏」のはざまで揺れる様子が描かれる『勝手にふるえてろ』。
今回は、『勝手にふるえてろ』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『勝手にふるえてろ』の作品概要
著者 | 綿矢りさ(わたや りさ) |
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発表年 | 2010年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 中編小説 |
テーマ | 恋愛 |
『勝手にふるえてろ』は、2010年に文芸雑誌『文學界』(8月号)で発表された綿矢りさの中編小説です。26歳になっても中学時代の初恋を引きずり、現在進行形で受けているアプローチと向き合えないOLの姿が描かれています。
松岡茉優さん主演で2017年に映画化されました。
著者:綿矢りさについて
- 1984年京都府生まれ
- 『インストール』で文藝賞を受賞
- 『蹴りたい背中』で芥川賞受賞
- 早稲田大学教育学部国語国文科卒業
綿矢りさは、1984年に生まれた京都府出身の小説家です。高校2年生のときに執筆した『インストール』で、第38回文藝賞を受賞し、2003年には『蹴りたい背中』で第130回芥川賞を受賞しました。
19歳での芥川賞受賞は、いまだに破られていない最年少記録です。早稲田大学を卒業後、専業作家として精力的に活動しています。
『勝手にふるえてろ』のあらすじ
中学時代からの片思いを引きずる良香は、そのせいで恋愛経験がない26歳のOLです。
良香はあるとき同期の「二」に告白されます。しかし片思いの相手「イチ」のことを忘れられず、さらに良香は二のことが全く好きではないため、あいまいな態度で接して返事をしません。
そんなとき同窓会でイチと再会した良香は、イチへの思いを再確認するのでした。恋焦がれているものの良香に全く興味を示さないイチと、一途に好意を向けてくれるものの良香自身が全く好きになれない二の間で、良香は揺れ動きます。
登場人物紹介
良香(よしか)
池袋にある会社で経理をしている26歳。恋愛経験ゼロのおたく系女子。中学時代の同級生・イチに片思いをしている。
イチ
良香の中学時代の同級生。愛らしいイチの気を引くためにクラスメイトはイチにちょっかいをかけていたが、イチは自身がいじめられていたと勘違いしている。
二
良香の同期の営業。良香に告白し、ひたすら返事を待つ。
来留美(くるみ)
良香と同じ部署に所属する同期。色白で大きな瞳の持ち主。
『勝手にふるえてろ』の内容
この先、綿矢りさ『勝手にふるえてろ』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
12年間片思いをし続けたこじらせ女子の物語
想い人・イチ
池袋にある会社の経理課で働いている江藤良香は、26歳の今でも中学時代の同級生・イチに対して恋心を抱いています。
そんなとき、良香は会社の同期で営業の二から告白されました。イチへの思いを引きずる良香は返事を保留し、それからもはっきりとした答えを出せないままでいました。
その後、良香はイチと再会するために同窓会を企画します。同窓会では、イチを含む複数の同級生が良香と同じように上京していたことが分かりました。そこで、良香はそのメンバーでもう一度会う約束を取り付けることに成功します。
ある日の昼休み、良香は同期の来瑠美にイチと二のことを相談しました。来瑠美は二について「彼、初めての相手にもちょうどいいんじゃないの」と言います。
26歳まで貞操を守って来た良香は、「もしすることになったらアドバイスちょうだい。あいつには経験ないってばれたくない」と来瑠美に釘を刺しました。
交わらない糸
そして東京の同級生の家でイチと再会した良香は、明け方4時にイチと過去の思い出を語り合います。中学時代に3回しか話したことが無かったにもかかわらず、イチは良香とのエピソードを覚えていました。
イチとの会話を楽しんだ良香は、ふと「どうして私のこと “きみ” って呼ぶの」と問います。イチは、「ごめん。なんていう名前だったか思い出せなくて」と言いました。
来瑠美の裏切り
その後、二の家で二と過ごしていた良香は「私たち付き合おうよ」と二に返事をしました。「下の名前で呼んでいい?」と言った二は、良香の名前を呼びながら近寄って来ます。
そのとき良香は、二から発せられる性欲の匂いに気づき、思わず二の家を飛び出してしまいました。
次の日、良香は二に会社の屋上に呼び出されます。二は焦りすぎたと良香に謝り、2人は抱き合いました。
そして二は「良香はいままで彼氏ができたことがないから、それをふまえてアタックしてやって、って」と衝撃的な発言をします。なんと、来瑠美がニに良香が処女であることを言っていたのです。
ショックを受けた良香は、二にイチへのの思いを告げて交際を解消してしまいました。
再確認
良香は会社を休んで家に引きこもるようになります。二から着信があるかもしれないと3日ぶりに携帯を開きますが、着信もメールも来ていませんでした。二に見限られたことを自覚した良香は、途端に二が恋しくなります。
良香は二に電話をかけますが、おそらく着信拒否をされているせいで電話がつながりません。日を置いて電話がようやく二につながり、良香は二を自宅に呼びます。
2人は玄関でお互いの思いをぶつけ合い、良香は妥協やあきらめの感情なしに二の愛を受け入れることを決心するのでした。
『勝手にふるえてろ』の解説
聖俗
イチとニの違いを一言で表すと、聖と俗になると言えます。
「私のお星さまは、イチ」と表現されているように、聖なるイチは理想であり、幻想であり、だからこそ手が届かない存在です。逆に二は、俗っぽくて大衆的で、お手頃で庶民的…というイメージが付きまとうような存在です。
以下では、イチの二の印象の違いについて考えます。
イチの場合
さらさらの長い重たげな前髪、横長たれ目で微笑むとちょっとずるそうに見える、ぬれた黒目がちの瞳。まだ少年らしさが少しも抜けきっていない彼が教室をあるいていると、男子も女子もみんなが彼をかまいたがった。
上記の描写は中学生時代のイチについてですが、
「きらきら光る黒目がちの瞳」や「怯えたセクシー」さを持ち合わせているイチには、線が細くて優美で、か弱くてはかなくて繊細…というイメージがあります。
こうした「美」が引き出す畏れ多いという感情、簡単には近づけない感じ、これがイチがまとっている「聖」のイメージです。
物語のなかで、イチは性欲を露わにしません。同窓会後に上京組で再度集まったとき、1人の女性がイチに接近し、彼女は赤で爪を彩った足を投げ出します。しかし、イチはそれに動じませんでした。
また、明け方の4時に良香と会話するシーンがありました。しかしイチと良香は2人きりだったにもかかわらず、そんな雰囲気にならないままひたすら絶滅危惧種の話をする始末です。
イチが潔癖で神経質という設定も、イチが生々しくて汚れたイメージのある「性」とは対角にいることを暗示しているのではないでしょうか。
このように、最も「聖(清い)」ものからかけ離れた俗なものである性欲を見せないイチは、「聖」のイメージを持っていると言えます。
二の場合
元体育会系でちょっとビール腹のニは、か弱くもなければセクシーでもありません。伸びたスポーツ刈りの髪を整髪料でかためており、さらさらの髪を持つイチには遠く及びません。
さらに二は暑苦しいオーラをまとっていて、はかなさは微塵も感じられません。そして無自覚ないじられキャラで、自身がいじめられていたと勘違いしていた繊細なイチとは違い、二は嫌味を言われても気づかない図太い神経の持ち主です。
二の体臭が「スープ系」「油の浮いたコンソメスープと同じにおいがする」と表現されているところからも、二の低俗な感じが読み取れます。
淡白で女性に動じないイチと違い、性欲という「聖」と対極にある俗なものを剥き出しにしているのもニです。しかし、そんな二の俗っぽさを「親しみやすさ」として良香が受け取っているのも事実です。
遺伝子が近いほど、たとえば家族などの匂いほどイヤになるそうだけれど、とすると私と二の遺伝子の型は近いのだろうか。そう思えばそうな気もする、私と二はあまりかみ合わないけれど、イチと私よりも二と私の方が、どこかずっと近しい。
二は子どもっぽくて腹が立つ。でもなにをしたら喜ぶかがすぐ分かるから心やすい。私が家にいても自然にふるまうから、家族めいた気分にもなる。
畳の部屋でためらいなくスーツを脱いでパンツ一枚になるような、デリカシーの欠片もなく粗野で無骨な二ですが、逆にそれが心理的な距離を縮めるものとして機能しているのです。
対してイチと良香の距離は、いつまで経っても縮まりません。
きっと私たちは気が合う。付き合ったら話すこともきっとたくさんある。でもなんだろう、このむなしさは。通じ合ってはいても、イチが私のことを好きでもなんでもないってことが伝わってくるからだろうか。気が合えば合うほど、二人の間の永遠に縮まらない距離が浮きぼりになる。気が合う、だからなに?ふつうよりちょっとだけ距離の近い平行線、なんの火花も散らなければ、なんの化学変化も起こらない。
共通の話題があったって、イチは良香に無関心で、だからこそ良香の名前すら覚えていなかったのです。
うっとりするような甘美やメロドラマのように情緒的な気持ちを興させる聖なるイチと、ロマンチックさを1ミリも感じさせないものの親近感はピカイチの俗な二。
手の届かない幻像か、お手頃な実像か。『勝手にふるえてろ』は、1人の女性が目をさます物語とも言えそうです。
『勝手にふるえてろ』の感想
霧島くん
二の苗字は、物語の最後に良香が発した「霧島くん」という言葉で明かされます。それまでの語りでは「二」という呼び方が徹底されていたのに、二は良香との言い争いの後、ついに「霧島くん」という固有名詞を手に入れました。
そもそも二という呼称は、一宮のイチと対比させたものです。ベースや軸はあくまでもイチで、二は二の次です。つまり二(2)という呼び方には「イチ(1)に準ずるもの」というニュアンスがありました。
しかし、良香はイチへの思いを吹っ切って、イチというフィルターを通してではなく真っすぐ二だけを見つめる覚悟を決めました。「霧島くん」という呼称には、そんな良香の心境の変化が反映されていると思いました。
最後に
今回は、綿矢りさ『勝手にふるえてろ』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。
ぜひ読んでみて下さい!