純文学の書評

【吉本ばなな】『デッドエンドの思い出』のあらすじと内容解説・感想

『デッドエンドの思い出』は、吉本ばなな自身が「これまで書いた自分の作品の中で、いちばん好きです。これが書けたので、小説家になってよかったと思いました」と語った作品です。

今回は、吉本ばなな『デッドエンドの思い出』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!

『デッドエンドの思い出』の作品概要

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著者吉本ばなな(よしもと ばなな)
発表年2003年
発表形態単行本
ジャンル短編小説
テーマ幸せとは

『デッドエンドの思い出』は、2003年に発表された吉本ばななによる書き下ろしの短編小説です。

著者:吉本ばななについて

  • 日本大学 芸術学部 文芸学科卒業
  • 『キッチン』で商業誌デビューを果たす
  • 「死」をテーマとしている
  • 父は批評家・詩人の吉本隆明(よしもと たかあき)

吉本ばななは、日本大学 芸術学部 文芸学科を卒業しており、卒業制作の『ムーンライト・シャドウ』で日大芸術学部長賞を受賞しました。

吉本ばななが在学中、ゼミを担当していた曾根博義さんは「吉本ばななの小説は、あらゆる点でこれまでの小説の文章の常識を超えている」と評価しています。

作中では「死」が描かれることが多いですが、単に孤独や絶望を描くのではなく、人物がそれを乗り越えようとするエネルギーを持っているところが特徴です。父は批評家で詩人の吉本隆明で、姉は漫画家のハルノ宵子です。

『デッドエンドの思い出』のあらすじ

ミミは婚約していた男性に裏切られた傷を癒すため、叔父の経営する店の2階に一時的に住むようになりました。その店で店長をしている西山君と関わりながら、ミミは幸せについて考えます。

登場人物紹介

横山ミミ

25歳。母親が趣味でやっているサンドイッチ屋を手伝っている、世間知らずの箱入り娘。大学生の時から交際していた高梨君と婚約していたが、婚約破棄され叔父が営む店の2階の空き部屋に居候している。

西山(にしやま)君

プレイボーイの30歳。ミミの叔父が経営する店で雇われ店長をしている。人を惹きつける独特の雰囲気がある。

高梨(たかなし)君

ミミと婚約していたが、転勤先で出来た彼女と結婚することになり、ミミとの婚約を破棄した。

『デッドエンドの思い出』の内容

この先、吉本ばなな『デッドエンドの思い出』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。

一言で言うと

幸せに再現性はなく、幸せは突然訪れる

裏切り

ミミは、叔父が経営する一軒家を改装して作られた「袋小路」という店の2階に滞在しています。この店はミミが住んでいるところから1時間の大都会にあり、そこはミミの婚約者だった高梨君が仕事で赴任している町です。

高梨君とミミは大学時代からの付き合いで、お互いの親にも挨拶を済ませ、婚約指輪の交換もし、高梨君が支社に帰ってきたら結婚することになっていました。

ところが今年の春からミミへの連絡が滞るようになり、週末に帰ってこなくなり、夏には帰省しませんでした。

 

そして、ミミは不意打ちで高梨君の家を訪れようと、駅近くのビジネスホテルを取って夜9時に一度も呼んでもらえなかった高梨君のアパートへ向かいます。

ミミがドアベルを押すと、中からはミミとは正反対のしっかりしてそうな大人っぽい美人が顔を出しました。

ミミが「横山ミミと申しまして、高梨君の、実をもうしますと、婚約者なのですが」と告げると、彼女は高梨君と同棲しており、この冬に結婚することになったのだと言います。そこへ帰ってきた高梨は、泣きそうな顔で「もう心を決めたんだ」と告げました。

ミミの隠し事

ショックで帰る気力をなくしたミミは、気持ちの整理のためにその街にとどまることを決め、叔父が経営する袋小路の2階に住まわせてもらうことなりました。

袋小路で雇われ店長をしている西山君は、幼少期に有名な大学教授で英米文学の研究をしていた父親に軟禁同然の生活を強いられ、栄養失調で死にかけた経験をしています。

親戚の通報でかなり大げさに救出されるところごニュースで取り上げられ、幼児虐待と関連づけられ事件の本質以上に議論を読んでしまう出来事となりました。

その後お金持ちで自由奔放な叔母に引き取られ、軟禁とは正反対の生活を送った西山君は、今はわけへだてない陽気な雰囲気や明るい空気をまとっており、周囲の人から好かれていました。

 

ある夜、ミミが西山君に子供の頃の出来事について聞いてみると、西山君は「報道されたような、異様な毎日ではなかったよ」と言いました。

そして不意に「他に理由があるんじゃないの。未練以外に、何かひっかかっていることが」と聞かれたミミは、親にもきょうだいにも言っていなかった金銭のことを口にします。ミミは、高梨君に100万円を貸したままだったのです。

高梨君が車を買うときに貸したお金で、この車は将来ミミも乗るはずでした。お金のことを話せたことで気持ちの整理ができたミミは、帰ってやり直すことを決めます。

つかんだ幸せ

西山君に帰ることを告げた次の日、西山君が高梨君の車に乗って袋小路にやって来ました。西山君は高梨君に会い、ミミの恋人だと嘘をついて車を譲ってほしいと言ったのでした。

西山君は大きな公園まで車を走らせ、いちょう並木のそばに止めます。積もったいちょうが光を受けて光り、黄色い雪が降ったようでした。

あたりに人がほとんどいなかったこともあり、天国にいるような神聖な感じがしました。2人は音を立てて歩き回り、ミミはその間じゅう幸せだと感じました。

 

次の日の朝に車で家に帰ったミミは、西山君とその言葉のおかげで、これで良かったのだと思いました。

そしていちょうの金色の世界を思い出したミミは、死ぬ時に幸せの象徴として、きらきらと迎えに来る輝かしい光景のひとつになるだろうと思いました。

『デッドエンドの思い出』の解説

隠された好意

ミミの西山君への信頼は絶大で、高梨君にばったり会ってしまう恐怖を感じつつも「西山君がいれば大丈夫だと思えた」と外出したり、ミミが西山君を特別視する描写が本作には散見されます。

また「西山君の体にひきつけられなかったとは言わない」と認めつつ、「彼に恋していたわけではない」と必死に否定し、ついには「彼は公共のものだ、とはじめからかたく思い込んでいた」と西山君を異性として見ていないことが強調されます。

さらに、プレイボーイの西山君には複数のガールフレンドがいて、携帯電話を持っていなくて連絡が取りにくい西山君と近い位置にいるミミは周囲から「うらやましがられ」ました。しかし、自分のことで精一杯なミミにとってはそれどころではなかったと語ります。

わざわざ「うらやましがられた」と言いつつ「それどころではない」と西山君を度外視していることをアピールしており、ミミは自身が人気者でミステリアスな西山君のそばにいられる優越感にひそかに浸っていることが読み取れます。

 

ミミはおそらく西山君に好意を抱いていますが、作中でミミの西山君への想いは徹底的に否定されています。これは、恋愛感情が入ったら今の関係が壊れてしまうというミミの恐怖によるものだと推測します。

『デッドエンドの思い出』の感想

幸せの定義

本作を読んで、幸せを一言で説明できるか考えました。定義づけすることは困難でしたが、幼少期の経験を振り返る西山君の語りにヒントがありました。

別に父親が以上だったわけではなくて、彼のバランス感覚がおかしかっただけだから、報道されたような、異様な生活ではなかったよ。ただ、研究者肌の男やもめとガキがやることなく、それぞれのやり方で山の中にいたっていう感じに近いかなあ。俺の栄養失調がえらく話題になったけど、父親もがりがりに痩せてて、何かに没頭するとほとんど食事も取らなかったし。今でもたまに会えば、変わった人だけどそれなりに楽しく過ごすし。

しかしミミ(他人)がとらえた西山君の幼少期は「かなり奇人のお父さんに軟禁同然の生活を送らさせられ、栄養失調で死にそうになった」「お父さんは2年近く彼を部屋に閉じ込めてほとんど外出させなかった」というものでした。

ところが当の西山君に言わせれば、栄養失調だったのは父親も同じであり、「それぞれのやり方で山の中にいた」だけで、「一見悲しい珍しい体験をした」に過ぎないのです。

 

このやりとりを見て、当事者とそれを見る他者では同じ事象への印象が異なるのだと思いました。

誰かが幸せだと感じることは、誰かにとっては何でもないことであり、幸せと感じるの基準は人によって異なる=自分のものさしでは人の幸せを測れないということが言えると思いました。

そして高梨君との「婚約」という形式的な幸せにすがり付いていたミミは、西山君といちょうの葉が降り積もる静かな金色の世界で幸せだと感じる時間を過ごすことができました。

最後に

今回は、吉本ばなな『デッドエンドの思い出』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。

ぜひ読んでみて下さい!

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yuka
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「純文学を身近なものに」がモットーの社会人。谷崎潤一郎と出会ってから食への興味が倍増し、江戸川乱歩と出会ってから推理小説嫌いを克服。将来の夢は本棚に住むこと!
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