反戦的な表現があり、発表当初は当局の検閲を避けるために伏字だらけだった『芋虫』。
今回は、江戸川乱歩『芋虫』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
『芋虫』の作品概要
著者 | 江戸川乱歩(えどがわ らんぽ) |
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発表年 | 1929年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | グロ |
『芋虫』は、1929年に雑誌『新青年』で発表された江戸川乱歩の短編小説です。戦地で大けがを負った元軍人と、彼を世話する妻の残酷な生活が描かれています。
乱歩のグロテスク趣味が色濃く出ている作品です。発表された当時はプロレタリア文学が盛んだったため、反戦小説として読まれることもありましたが、あくまで乱歩は「苦痛と快楽と惨劇を書きたかった」と言っています。
『少女椿』の丸尾末広によって漫画化され、2005年のオムニバス映画「乱歩地獄」で映画化されています。
著者:江戸川乱歩について
- 推理小説を得意とした作家
- 実際に、探偵をしていたことがある
- 単怪奇性や幻想性を盛り込んだ、独自の探偵小説を確立した
江戸川乱歩は、1923年に「新青年」という探偵小説を掲載する雑誌に『二銭銅貨』を発表し、デビューしました。
その後、乱歩は西洋の推理小説とは違うスタイルを確立します。「新青年」からは、夢野久作や久生十蘭(ひさお じゅうらん)がデビューしました。
『芋虫』のあらすじ
時子は、戦争で負傷した夫の世話をしています。そのかいがいしさを、周囲の人々は評価しますが、実は時子には恐ろしい秘密がありました。
時子は、負傷して体の自由が利かない夫をいたぶることを楽しみとしていたのです。夫へのいじめはエスカレートしていき、ついに時子は取り返しのつかないことをしてしまいます。
登場人物紹介
時子(ときこ)
須永の妻。夫を虐げることを悦びとしている。
須永中尉(すながちゅうい)
時子の夫。陸軍で手柄を立てた軍人だったが、戦地で手足を失ってしまう。
鷲尾少将(わしおしょうしょう)
須永の元上司。須永夫婦に家を貸している。
『芋虫』の内容
一言で言うと
極限状態の人間
五体不満足
時子は、鷲尾少将の住まいからの帰り道、鷲尾の言葉を思い出します。「須永中尉の忠烈は、わが陸軍の誇りじゃ。だが、お前さんの貞操は素晴らしい」。鷲尾は、戦争で視覚以外の感覚と、手足を失った須永を世話している時子を、会うたびに褒めるのでした。
家に近づくと、トントンと物音がします。須永が、頭を畳に打ち付けて時子を呼んでいるのです。部屋に入って明かりをつけると、そこには異様な物体が転がっていました。
顔は原形をとどめておらず、耳は取れていました。唯一完全に残った眼だけがパチパチと瞬いています。時子は、須永に鉛筆をくわえさせて、少しだけ筆談をしました。
そして時子は、須永の上にかがみこんで接吻の雨を浴びせます。同時に、時子には体の自由が利かない須永を、思う存分いたぶりたいという気持ちが沸き上がってきました。
目つぶし
夜、悪夢から目覚めた時子は、3年前に須永が戦地から戻ってきて、病院で再会したときのことを思い出しました。耳も聞こえず、話すこともできず、石膏細工の胸像のように、手足がないままベッドに横たわる須永を見た時子は、人目を構わず泣きました。
一方で、これほどの犠牲を払った須永には金鵄勲章(きんしくんしょう。日本唯一の武人勲章)が与えられ、世の中の人は須永を称えました。その後、生活が苦しくなった須永夫婦は、鷲尾の邸宅の離れを借りて生活することになったのです。
それからというもの、獣のように食事と時子を求める須永に感化され、時子は次第に須永を玩具のように扱い始めました。
我に返った時子は、隣で天井を見つめている須永を見て、残虐な感情が湧きあがるのを感じます。そして、時子は須永の上に飛び乗り、「なんだい、なんだい」と叫びながら須永の眼に手をあてがいました。
気づいたときには、須永の両眼からは血が噴き出していました。時子は、須永の唯一の外界との接点をつぶしてしまったのです。時子は、医者を呼んで手当てをしてもらいました。
自殺
時子は、ご飯も食べずに須永の看病をします。須永の体に、何度も「ユルシテ」と書きましたが、須永は何の反応も示しません。
夜になり、罪の深さに耐えきれなくなった時子は、鷲尾のもとに行って泣きながら懺悔(ざんげ)しました。時子は鷲尾と一緒に家に戻りましたが、そこに須永の姿はありません。
時子は、須永の枕もとの柱にいたずら書きのようなものがしてあるのに気づきます。そこには、「ユルス」と書いてありました。時子は、須永は自殺する気なのではないかと思いました。
鷲尾と古井戸に向かった時子は、衝撃的な光景を目にします。生い茂る雑草の中をもぞもぞ動く物体が、井戸の中にトボンと落ちたのです。時子は、芋虫が落ちていく様子を想像しました。
『芋虫』の解説
安楽死
須永の様子を見て、安楽死を肯定するメッセージが込められているように感じました。須永は、自分で用を足すこともできなければ、食事をすることもできません。
話すことも、音を聞くこともできません。人々は身体を張った須永を称賛しますが、その熱は次第に冷め、須永は人々の記憶から消えて行きます。死ぬに死にきれず生き残ってしまったがために、須永はこのような苦しみを味わわなくてはならないのでした。
須永は最終的に自殺を選びましたが、このラストには「中途半端に生きながらえる意味はない」という意味を含んでいるように感じました。
『芋虫』の感想
私は漫画の方から先に読んだのですが、漫画には時子の感情があまり描かれないので、小説から読んだ方が良いかもしれません。
丸尾末広氏のレトロなタッチで、須永の見ていられないような醜い身体や、獣のような須永夫婦の性生活が描かれていて、画集として眺めたくなるような漫画です。
眼をつぶされたにも関わらず、須永が「ユルス」と書いたことから、時子と須永は相当仲の良い夫婦だったのではないかと思いました。
須永のような厄介者の世話をしなければならない時子も気の毒ですが、望まずに妻にそのようなことを指せなければならない須永も苦しんでいたのだと思います。全文は青空文庫にはないので、ぜひ購入して読んでみて下さい!
最後に
今回は、江戸川乱歩『芋虫』のあらすじと内容解説、感想をご紹介しました。
漫画と一緒に読むことで、いっそう世界観に入って行ける作品だと思います。ぜひ読んでみて下さい!