今回は、有島武郎『僕の帽子のお話』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『僕の帽子のお話』の作品概要
著者 | 有島武郎(ありしまたけお) |
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発表年 | 1922年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | 夢 |
『僕の帽子のお話』は、1922年7月に文芸雑誌『童話』で発表された有島武郎の短編小説です。
Kindle版は無料¥0で読むことができます。
著者:有島武郎について
- 1878年東京生まれ
- 札幌農学校卒業
- 「白樺」の同人に参加
- 女性記者と軽井沢の別荘で心中
有島武郎は、1878年生まれ東京都出身の作家です。父親が明治維新後の新体制で大蔵省(現在の財務省)に入ったおかげで、裕福な暮らしをしました。
札幌農学校を卒業後、志賀直哉(しが なおや)や武者小路実篤(むしゃのこうじ さねあつ)と雑誌「白樺」の同人に参加し、白樺派の作家として活動し始めます。
そのあと社会主義運動が盛んになると、自身が下層階級でなく資産階級であることに悩みます。その後、不倫関係にあった婦人公論の女性記者と、軽井沢の別荘で心中しました。
『僕の帽子のお話』のあらすじ
ぼくはお父さんに買ってもらった帽子を大切にしていて、寝るときも手に持っているほどです。しかし、ある朝起きると帽子がなくなっていました。
ぼくは慌てて家の中を探し、なんとか帽子を見つけます。ところが手を伸ばして掴もうとした瞬間、帽子は勝手に外へ行ってしまいました。こうして、帽子の逃走劇が始まったのでした。
登場人物紹介
ぼく
小学生。お父さんからもらった帽子を大切にしていて、肌身離さず持っている。
『僕の帽子のお話』の内容
この先、有島武郎『僕の帽子のお話』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
帽子に翻弄される少年の物語
大切な帽子
ぼくは、お父さんから買ってもらった帽子をひどく大切にしており、寝るときはいつも手に持っています。しかし、ある夜目を覚ましたぼくは、帽子がどこかに行ってしまったことに気づきます。
手に持って寝たはずなのにおかしいと、ぼくは帽子を必死に探しますが、なかなか帽子は見つかりません。
逃走劇
そしてようやく、帽子が格子戸に挟まっているのを見つけます。ぼくが帽子を拾おうとしたとき、なんと帽子は風が吹いていないにもかかわらずひとりでに外へ行ってしまいました。
ぼくはそのあとを懸命に追いかけますが、帽子はぼくをあざけるかのようにすいすいと逃げていきます。
ぼくが思わず「おおい、待ってくれえ」と言うと、帽子は「やあい、追いつかれるものなら、追いついて見ろ」と言うのでした。
見えないぼく
ぼくは気づくと広い野原にいました。あたりは徐々に暗くなり、ぼくは不安になっていきます。そして、「ひょっとしたら狸が帽子に化けて僕をいじめるのではないかしら」と考え始めます。
そのときぼくの名前を呼ぶ声がして、おとうさんとおかあさんが探し物をしているのが見えました。ぼくは2人に向かって駆け出しましたが、僕の身体はおとうさんとおかあさんを空気のようにすり抜けてしまうのです。
ぼくは「おとうさん、おかあさん、僕ここにいるんですよ。おとうさん、おかあさん」と言いますが反応はありません。
狸の仕業だと思ったぼくは帽子を眼がけて飛びつきましたが、際限なく落ちていき、火の海の中にはいりこんで行こうとするのです。
夢から醒めて
体を揺さぶられたぼくは、驚いて目を覚ましました。お母さんは「あなたどうかおしかえ、大変にうなされて……お寝ぼけさんね、もう学校に行く時間が来ますよ」と言います。
そしてぼくの右手は、きちんと帽子をつかんでいます。嬉しくなったぼくは、お母さんの顔を見て笑いました。
『僕の帽子のお話』の解説
子供の無力さ
本作は「僕」が逃げる帽子を追いかける描写をベースとして進んでいきますが、帽子とは関係ない興味深いエピソードが盛り込まれています。
それは、両親には僕の姿が見えておらず、僕の存在が無視されてしまうというものです。この場面は帽子を追いかけていたそれまでのシーンとは異質で、非常に引っかかるところです。
有島武郎『一房の葡萄 他四編』の解説で、中野氏は下記のように言及しています。
『僕の帽子のお話』は、ときとして子供が陥る、世界中から見捨てられたような孤独感と心細さを、夢の中の出来事として描いている。
こうした感覚は、子供が感じる自身の無力さにつながると考えます。子供は親の存在なしに生きていくことができず、親の庇護から外れることは死を意味します。
このような子供の無力さは、他の有島作品からも読み取れます。例えば『一房の葡萄』には、クラスメイトの絵の具を盗んでしまったことが先生にばれてしまったときに、呆然と立ち尽くすしかない少年の様子が描かれています。
また、『碁石を呑んだ八っちゃん』の主人公は、碁石を呑みこんでしまった弟を助けようと大人が動いている一部始終を見ているだけで、手も足も出ません。
『溺れかけた兄妹』で、動揺した主人公は海で溺れた妹を助けることができず、友人が呼んできてくれた若者が妹を助けに行くのを、ただ傍観者としてなすすべなく見ていることしかできませんでした。
児童向けだからと言って、上記のような影の部分を厭わず書ききるからこそ、そのあとの救済が読者を感動させると中野氏は述べています。
有島武郎『一房の葡萄 他四編』解説/中野孝次(岩波書店 2008年10月 第13刷発行)
『僕の帽子のお話』の感想
感情の描写
本作を含む児童向けの有島作品を読んでいて印象的なのは、人物の感情描写の多さです。
目覚めたとき寝床に帽子がないことに気づいた僕は、「喉が干からびるほど心配に」なります。しかし「別の場所に置いたに違いない」と思ってからは、「僕」は「飛び上がるほど嬉しくなりました」。
ところが見当をつけた場所に帽子はなく、僕は「せかせかした気持ち」になるのでした。
その後も、僕は帽子を追いかけながら怒ったり、口惜しくなったり悲しくなったり、嬉しくなったりと感情を面白いほどにコロコロ変えていきます。
こうした描写は意識して盛り込まれているものだと感じますし、それは主人公が子供であることに関係していると考えます。目の前の事象だけをとらえて、短絡的に感情を変化させるのがいかにも子供らしいと思うからです。
こうした豊富な感情の描写は、「子供感」を演出するための方法だと思いました。
最後に
今回は、有島武郎『僕の帽子のお話』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。
ぜひ読んでみて下さい!
↑Kindle版は無料¥0で読むことができます。