舞台をアメリカと日本に設定し、旅先での情事が描かれる『魔法瓶』。
今回は、三島由紀夫『魔法瓶』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『魔法瓶』の作品概要
著者 | 三島由紀夫(みしま ゆきお) |
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発表年 | – |
発表形態 | – |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | W不倫の疑惑 |
『魔法瓶』は三島由紀夫の短編小説です。
著者:三島由紀夫について
- 小説家、政治活動家
- ノーベル文学賞候補になった
- 代表作は『仮面の告白』
- 割腹(かっぷく)自殺した
三島由紀夫は、東大法学部を卒業後に財務省に入省したエリートでしたが、のちに小説家に転向します。ノーベル文学賞候補になったこともあり、海外でも広く認められた作家です。同性愛をテーマにした『仮面の告白』で一躍有名になりました。
皇国主義者の三島は、民兵組織「楯の会」を結成し、自衛隊の駐屯地で演説をした後に割腹自殺をしました。
『魔法瓶』のあらすじ
登場人物紹介
川瀬
アメリカに出張中に元恋人と再会する。滋(しげる)という名の子供がいる。
浅香
貿易商の妻。5年前に川瀬と関係を持っていたが、ささいなことがきっかけで別れた。
浜子
浅香の娘。母親似で整った顔つきだが、無口なところは母親と正反対。
小宮
川瀬の部下。頭の切れる優秀な青年。
『魔法瓶』の内容
この先、三島由紀夫『魔法瓶』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
W不倫の疑惑
再会
出張でロサンゼルスに半年滞在し、帰国前に2~3日サンフランシスコに立ち寄った川瀬は、妻がよこした手紙を読み返します。
そこには、魔法瓶の中の空気がコルクから漏れ出し、独り言を言っているように見える様子を怖がる息子の滋のことが書かれていました。
することがなくホテルから出た川瀬は、かつての恋人・浅香と再会します。娘の浜子を連れた浅香は「お茶でもいかが」と川瀬を誘いました。
貿易商の浅香の夫は頻繁に日本とアメリカを行き来しており、浅香は英会話や音楽、洋装を夫から習ったと話しました。浜子がケーブル・カアに乗りたいと言い出したため外に出て、浅香は「今晩でも一緒に食事をしたい」と川瀬を誘います。
そして歩きながらふとピクニック用品を並べている店の前で足を止め、魔法瓶を指さして「浜ちゃん、もうあんなもの怖くないわね」と言いました。川瀬はその会話を聞いて自分の中に急に重苦しいしこりが作られるのを感じます。
「何のことだい、一体」「熱いお茶なんか入れておくと、コルクの栓がぶつぶついう音を立てるでしょう。あれが怖くて仕方がないの」
密会
その晩、浅香は一人でやってきて川瀬と食事をしました。2人は思い出話に花を咲かせ、川瀬は12時間にわたる帰路についている間、その晩のことを思い出しました。
川瀬のホテルで一夜を過ごした日の朝、「おい、こいつで子供が出来ちゃったら、今度はどうするつもりだい」と川瀬が言うと、浅香は「よしてよ。私の生む子は園田の子に決ってるの」と答えるのでした。
疑惑
帰国した川瀬は、4~5人の部下を自宅に招き食事をします。眠さでぐったりした滋を見た部下の一人が寝かすことを提案すると、川瀬は魔法瓶を見せておどかそうと妻に魔法瓶を持って来るよう言います。
妻は返事をせず、声をかけてから5分ほど経ったとき「おい、魔法瓶はどうした」と川瀬が聞きました。
すると小宮という部下が「いいじゃないですか、魔法瓶なんか。坊ちゃん、眠くてふらふらですよ」と言います。川瀬は、直感で滋が魔法瓶を怖がることを小宮が知っていると感じました。
部下が全員帰り後片付けをしているとき、川瀬は再度素直に魔法瓶を渡してくれればよかったと妻に言いました。魔法瓶は割れたという妻に、「誰が割ったんだ、滋坊か」と聞くと彼女は首を振ります。
「じゃ、誰が割ったんだ」と問う川瀬に、妻は震えて泣きながら「……私です」と言いました。川瀬はその肩に手をかけてやる勇気がなく、魔法瓶を怖れました。
『魔法瓶』の解説
恐怖の魔法瓶
魔法瓶の衝撃
タイトルの魔法瓶は、子供も大人も魔法瓶を色々な意味で怖がっているところがから来ています。
浅香の子供・浜子が魔法瓶を怖がることを知ったとき、川瀬はひどく動揺し「5年ぶりで仇をとられたような気がする」としています。
川瀬のこの動揺には川瀬の子供・滋が同じく魔法瓶を怖がることが背景にあり、滋と浜子に共通点があることが示され、浜子が川瀬の子であることが連想されたのではないでしょうか。
5年前に浅香が川瀬との別れ際に放った「私、あなたの赤ちゃんが出来ちゃったらしいの」という言葉の真偽はともかく、浅香の友人の菊千代の証言で、川瀬と関係を持っている時に貿易商(園田)とねんごろになっていたため、浜子は川瀬の子か園田の子かあいまいなのです。
「不幸な」母子
サンフランシスコにいる途中、川瀬が妻子のことを思い出すとき彼女らが淋しそうな雰囲気をまとっていることを不思議に思います。「是非とも自分には、かれらが悲しい母子でなければならぬ何らかの理由があるのだろうか?」と自問するほどです。
そしてそれは、自分が留守の間に淋しがっていて欲しいという川瀬の願望から来るものではないかと言えます。
現に川瀬は帰国した際、「川瀬がいないあいだも、生活が充ち足りて流れていた跡」を見たり、「妻が大へん陽気で幸福そう」な様子を見て失望しました。そしてその裏には小宮という男がいたのです。
川瀬は滋の魔法瓶嫌いを小宮が知っていると感じ、川瀬の妻が割れた魔法瓶のことでひどく動揺している様子から、妻と小宮が自身の留守中に関係を持ったことを勘付きます。
そしてそれを魔法瓶がきっかけで気づいたため、川瀬も魔法瓶を恐れるようになってしまったのでした。
『魔法瓶』の感想
西洋化しきれない浅香
浅香は西洋好みの旦那に教育され、西洋を教え込まれた女性として描かれています。しかし、現地人と同じような格好をしているにもかかわらず、生粋の日本の女の雰囲気をまとっており、日本人から抜け出していない感じがあります。
「外国風の化粧法と洋服の着方、歩き方を習ったようだが、新参者の気配を拭いきれていない」という描写や、無理に威勢よく歩いている様子、男性の手を借りずにミンク・コートへそそくさと腕を通す仕草から、日本人女性のつつましやかさが抜けていない様子が見て取れます。
見れば見るほど、洋服を着こなした浅香のうしろには、熱意ある教育者の旦那の影がちらついていた。踊りにかなり打ち込んでいた昔の浅香は、口に手の甲を当てて笑ったり、驚いたり、いやな話をきいたりするときの仕草が、自然に細い指先が揃ったり綾をつくったりして、かどかどがそのまま踊りの型のようになっていたのが、今ではすっかりとれて、そうかといって西洋式の優雅にまでは行届かず、すべてが見事に直線的になっていた。
このように、浅香の西洋化は猿真似に過ぎないことが語られています。ところが川瀬と浅香が一夜を過ごした後、浅香が実に自然に「外国の娼婦のように」と例えられているところが皮肉です。
また下記の語りから、浅香が裕福ではない、もしくは子供らしいものに触れない幼少期を過ごしたことが示唆されています。それにより華やかな欧米の文化への憧れがあったことが予想され、だからこそ抵抗なく従順にそれを受け入れられたと考えられます。
川瀬は浅香が子供のころ、ついぞピクニックなどは知らずに育ったのだろうと想像した。浅香がときどき子供らしいものに異常な執着を示すのもそのためで、むかし彼女が雛人形をいっぱいに飾ったショウ・ウィンドウの前を、どうしても動かなかったことがある。
西洋趣味の男が女を自分好みの西洋風の女に仕立て上げるという構図が、谷崎潤一郎『痴人の愛』と似ていると感じました。それがうまく行かなかった(『痴人の愛』場合は “途中まで” うまく行かなかった)というところまでリンクしています。
最後に
今回は、三島由紀夫『魔法瓶』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。
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