病気の主人公の目を通して、猫やカエルの交尾が生き生きと描かれる『交尾』。
今回は、梶井基次郎『交尾』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『交尾』の作品概要
著者 | 梶井基次郎(かじい もとじろう) |
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発表年 | 1930年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | 生命の力強さ |
『交尾』は、1930年に文芸雑誌『作品』で発表された梶井基次郎の短編小説です。Kindle版は無料¥0で読むことができます。
著者:梶井基次郎について
- 1901年(明治34年)~1932年(昭和7年)
- 感覚的なものと、知的なものが融合した描写が特徴
- 孤独、寂寥(せきばく)、心のさまよいがテーマ
- 31歳の若さで肺結核で亡くなった
作家として活動していたのは7年ほどであるため、生前はあまり注目されませんでした。死後に評価が高まり、感性に満ちあふれた詩的な側面のある作品は、「真似できない独特のもの」として評価されています。
『交尾』のあらすじ
登場人物紹介
私
病に侵された主人公。動物の交尾を観察する。
夜警(やけい)
昼間は葬儀屋を生業としており、陰気な感じがする男。
『交尾』の内容
この先、梶井基次郎『交尾』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
生命の力強さ
病気の私
人々が寝静まった真夜中、私は半ば朽ちかけた、家の物干し場に立っていました。病気のせいで夜中になると身体が火照り眼が冴さえ妄想が働くため、私は物干し場に逃げて夜露に打たれるのです。
時どき、魚屋の力のない咳の音が漏れてきます。魚屋は肺病であることを認めようとせず医者にかからないと聞きました。
貧しいこの町の人と肺病は陰忍な戦いで、ある日突然葬儀自動車が来ることも少なくありません。魚屋の咳を聞いた私は可哀そうだなあと感じましたが、自分の咳もこんな風に聞こえるのだろうかと思いました。
隣の物干しの暗い隅ではセキセイがうごめいています。一時期この町ではセキセイが流行りましたが、怪我人が出てからは隣の家のセキセイは物干しの隅に閉じ込められたままでいるのです。
猫の交尾
不意に、それまで道で盛んに追っかけ合いをしていた二匹の白猫が、うなり声をあげて寝転んで組打ちを始めました。それは私が知っている猫の交尾の中で、特に可愛く不思議な艶めかしいものでした。
そのとき、夜警が杖をつく音が道に響きます。夜遅くに物干し場に出ていることを注意されることを避けるため、普段私は夜警が来たら家に入るようにしていましたが、その晩は猫を最後まで見届けたいと思い物干し場に出ていることを決めました。
昼間葬儀屋をやっているこの夜警は陰気な感じがする男です。夜警は猫に気付くと立ち止まって眺めます。二匹の猫は最初夜警に気付きませんでしたが、気づいてもその場を去ろうとしません。
しかし夜警が杖をトンと猫の間近で突くと、描はたちまに道の奥の方へ逃げてしまいました。夜警はそれを見送ると、物干しの上の私には気づかずに去っていきました。
繊細な河鹿
私は一度河鹿をよく見てやろうと思っていました。大胆に河鹿の鳴いている瀬のきわまで進んでじっとしていると、河鹿が恐る恐る顔を出して求愛を始めるのです。
私は以前河鹿を捕まえ、浴場の桶に渓の石を入れてその中に河鹿を入れておいたことがありましたが、なかなか自然な状態にはならずやはり渓へ行かなくてはならないことに気づいたのでした。
河鹿の交尾
河鹿がよく鳴いていたある日、私はいつもの瀬に降りました。この瀬にはたくさんの河鹿がおり、その声は瀬をどよもして響いています。
私の眼下にはこのとき一匹の雄がいました。その雄の相手は流れをへだてて30cmばかり離れた石の蔭に控えています。河鹿の合唱の中、雌は雄が鳴くたびに「ゲ・ゲ」と満足気な声で受け答えをしています。
しばらくすると雄は短い間隔で鳴き、合唱のリズムを乱し始めました。雌は「ゲ・ゲ」とうなずいています。すると、雄はぴたりと鳴き止んで石を降り水を渡りはじめました。私はその可憐な様子に感動し、魅了されました。
雄は雌の足下へ辿り着き爽やかな清流の中で交尾します。彼らの痴情の美しさは水を渡るときの可憐さを凌駕しており、世にも美しいものを見た気持ちで、しばらく私は瀬を揺がす河鹿の声の中に没していました。
『交尾』の解説
死の気配と生
『交尾』の前半(その一のする男である」と形容されています。
昼間は誰にも見向きもされず、夜中になって変な物音を立てるセキセイも死を待つだけの悲しい存在です。
また、人々が寝静まった夜に物干し台で一人夜露に当たる主人公は孤独です。
そして主人公は、雨戸が空いていることを注意されることを避けるため、夜警が来たら家の中に入るようにしていました。しかし、その夜は猫の顛末を見届けるためわざと物干しに出続けることを決めました。
ところが主人公が密かにそんな決意をしていたにもかかわらず、夜警は主人公に気付かず立ち去ってしまったのです。そもそも認知すらされないところにも主人公の孤独を見て取れます。
このように登場人物は皆死や孤独の気配をまとっていますが、それと対照的な存在が猫です。猫は、交尾という一番 “生” に近い行為を行っているという点で作中で異質な存在と言えます。
梶井自身が結核患者であったため、主人公と梶井を重ねたときに、病人とかけ離れた性や生印象が強く残る作品です。
下記の感想で述べますが、猫と河鹿の交尾が良いイメージで描かれる理由はここにあると考えました。また、性から連想される子供、家庭への憧憬もあると考えます。
『交尾』の感想
性の賛美
直接的なタイトルに表れているように、オブラートに包みがちな性を賛美し、尊いものとして開放的に描いた作品だと思いました。
彼らは抱き合っている。柔らかく噛かみ合っている。前肢でお互いに突張り合いをしている。見ているうちに私はだんだん彼らの所作に惹き入れられていた。(中略)こんなに可愛い、不思議な、艶めかしい猫の有様を私はまだ見たことがなかった。(その一)
もちろん彼は幸福に雌の足下へ到り着いた。それから彼らは交尾した。爽さわやかな清流のなかで。――しかし少なくとも彼らの痴情の美しさは水を渡るときの可憐さに如かなかった。世にも美しいものを見た気持で、しばらく私は瀬を揺がす河鹿の声のなかに没していた。(その二)
特に河鹿の交尾について「美しい水を渡るときの可憐さに如かなかった」と描写されており、性にまつわる「慎むべき」「恥じらう」「下品」というようなマイナスイメージを全く感じませんでした。
その理由は、性がみずみずしい生のイメージと直結しているからだと思います。
最後に
今回は、梶井基次郎『交尾』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。
ぜひ読んでみて下さい!
↑Kindle版は無料¥0で読むことができます。