「物語の中の世界は、ほんとうに書き終わった時点で完了してしまったのだろうか」
作者のこのような疑問から出発し、『センセイの鞄』のセンセイとツキコが過ごしたかもしれない初夏のある日を描いた『パレード』。
今回は、川上弘美『パレード』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『パレード』の作品概要
著者 | 川上弘美(かわかみ ひろみ) |
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発表年 | 2002年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 中編小説 |
テーマ | 存在しないものを感じられる幼少期 |
『パレード』は、2002年5月に平凡社より刊行された川上弘美の中編小説です。「昔の話をしてください」というセンセイの言葉をきっかけに、ツキコが回想する少女時代の日々が描かれています。
著者:川上弘美について
- 1958年東京生まれ
- お茶の水女子大学理学部生物学科卒業
- 『蛇を踏む』で芥川賞受賞
- 紫綬褒章受章
川上弘美は、1958年生まれ東京都出身の小説家です。お茶の水女子大学理学部生物学科を卒業後、高校の教員を経て小説家となりました。
1996年に『蛇を踏む』で第115回芥川賞を受賞し、その後も中年女性と初老の男性の恋を描いた『センセイの鞄』がベストセラーとなり、数々の文学賞を獲得しました。2019年には、その功績がたたえられて紫綬褒章(しじゅほうしょう)を受章しました。
『パレード』のあらすじ
登場人物紹介
大町ツキコ
30代。センセイに子供の頃に見えていた天狗の話をする。
センセイ
60代の元国語教師。ツキコに昔の話をするよう促す。
天狗
小学生のツキコにある日突然見えるようになった、濃い赤と薄い赤の2人の天狗。クラスメイトのゆう子ちゃんがいじめられるようになってから病気になる。
ゆう子ちゃん
ツキコのクラスメイト。ある日クラスの子から無視されるようになってしまう。
『パレード』の内容
この先、川上弘美『パレード』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
描かれなかった『センセイの鞄』
初夏のある日
初夏のある日、ツキコとセンセイは昼食のそうめんの準備をしていました。大鉢のそうめんを最後のひとすじまで食べ尽くした2人は、眠気に襲われて横になり少し眠ります。
30分ほどで目を覚ましたとき、センセイが唐突に「ツキコさん、昔の話をしてください」と言いました。ツキコは「昔って言うほど生きてませんけど、小さい頃の話でも、しましょうか」とゆっくり話し始めました。
天狗、出現
小学生のツキコは、ある朝ガヤガヤする音で目を覚まします。よく見る濃い赤と薄い赤の2人の天狗が部屋の中にいました。2人はツキコの後をついて来ましたが、母は落ち着きを払っています。
学校に行くと、クラスメイトのそばにあなぐまやろくろ首がいるのに気付きました。
小さなおばあさんを横に連れている西田さんに「おばあさん、いつからいるの?」と聞くと、西田さんは「前からいるわよ」「その人たちがくっついたから、大町さんにも見えるようにやったのよ」と言いました。
あなぐまがついている三波くんは、すれ違いざまに「大町、二匹もいるじゃん、すげえ」と声をかけてきました。
天狗の病気
二学期に入ってから、うす赤の方が病気になってしまいます。ツキコは、おそらくクラスメイトのゆう子ちゃんが仲間外れになったからだと思いました。目立たない子供だったツキコは、いじめに同調することなく知らんふりしていました。
ある日、ツキコは帰りの電車でゆう子ちゃんと乗り合わせてしまいます。電車を降りて並んで歩いているとき、ツキコはゆう子ちゃんと一緒に歩いているところをクラスの女の子に見られたら…と不安を感じます。
するとゆう子ちゃんは、そんなツキコの気持ちを汲み取ってか「大町さん、離れていいわよ」と言いました。ゆう子ちゃんの何かをあきらめた表情を見たツキコは、知らぬうちに天狗のことを話し始めます。
「ゆう子ちゃんへのことが始まってから、うす赤いのが病気なんだ」とツキコが言うと、ゆう子ちゃんは、「天狗でも、うれしい」とつぶやきました。
夜のパレード
三学期を迎えるころには、ゆう子ちゃんの仲間外れは終わっていました。天狗たちは1日1回ゆう子ちゃんに寄っていってさわります。そのとき、ゆう子ちゃんの体が夜のパレードみたいに悲しくきれいに光るのでした。
うす赤の病気は治り、ゆう子ちゃんはときどきツキコとの別れ際に見えない天狗に向かって「グッバイ」と言います。
ツキコは、ゆう子ちゃんのようにやさしい声を出せるようになるのか、そのとき自分には天狗がついているのかといつも考えました。
やさしい声
「それで結局、そういう声が、出せるようになったんですか」とセンセイが問います。ツキコは「ぜんぜんですねえ」と言いました。
センセイが、いろいろな動物に見える天井の木目のなかに天狗の模様を見つけます。ツキコは遠くで鳴きはじめたひぐらしの声を聞きました。
『パレード』の解説
緩急
『センセイの鞄』でもそうでしたが、テンポの良いツキコとセンセイの会話がくすっと笑えます。もの静かそうに見えるツキコがところどころで自己主張し、さらに少し毒を持っているのも会話を面白くしているポイントです。
「耳たぶに指を当てる動作って、ちょっといいじゃありませんか、色っぽくて」
「ツキコさんは、そういうの、似合いませんよ」
「悪かったですね」
「畳の目が腕についちゃいました」
(中略)
「なるほど、くっきりと畳の跡がついてますね」
「そうでしょう」
「ごく若い人だと跡なんぞはすぐ消えるけど、ツキコさんは消えないですね」
「悪かったですよ」
昔の話は、なかなかいいでしょう。センセイが言った。話をしたのは、わたしです。威張って答えた。でも話をしてくださいって頼んだのはワタクシですよ。センセイがまた笑う。
またセンセイの適当さも見どころです。そうめんを大鉢にどさりとあけたツキコに対して、センセイは「それじゃだめですよ」と一束ずつまとめるように促します。
ツキコは「食べちゃえば同じなんだからどうでもいいじゃないですか」という言葉を飲み込み従いました。
しかし大鉢のそうめんがなくなると、センセイは残っていたそうめんを全部鉢にあけてきます。ツキコがそれを指摘すると、センセイは「まあ、世の中、そんなもんですよ」と答えるのでした。
ルールに縛られないセンセイ、それをまあいいかと気に留めないツキコ。2人のおおらかさが、ゆるゆるとした空気を作り上げています。
『パレード』は、何か奇妙な事件が起こるわけではなく、登場人物が冒険するわけでもなく、穏やかな日常が切り取られている作品です。
そのため単調な物語になりそうなところですが、ツキコの過去回想と現在の様子を交互に語ったり、微笑ましいうやりとりを挿入することで物語に緩急が生まれているのではないかと考えます。
『パレード』の感想
「氷山の一角」のその後
「作者も知らなかった、物語の背後にある世界。そんなものを思いながら、本書を作りました」と作者が語っているように、本書は『センセイの鞄』のサイドストーリーです。
小説として世の中に出ている物語の前後にも当然物語があるわけで、私もよく「このあと、この人たちはどういう人生を歩むのだろうか」「小説の外ではどんな会話をしているのだろうか」などと考えます。
小説は登場人物が過ごしている時間の一部を切り取っているに過ぎませんが、本作は上記のような読者の気持ちに応える作品です。『センセイの鞄』を読み終えた人にぜひおすすめしたい1冊です!
最後に
今回は、川上弘美『パレード』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。
ぜひ読んでみて下さい!