『屋根裏の散歩者』は、いわゆる「明智小五郎もの(乱歩の小説に登場する探偵が活躍するシリーズ)」の短編作品です。
今回は、江戸川乱歩『屋根裏の散歩者』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『屋根裏の散歩者』の作品概要
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著者 | 江戸川乱歩(えどがわ らんぽ) |
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発表年 | 1925年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | 犯罪への興味 |
『屋根裏の散歩者』は、1925年に雑誌『新青年』(8月号)で発表された江戸川乱歩の短編小説です。犯罪に興味を持った男が実際に殺人を犯すまでが、男の目線から描かれています。
1970年から5回にわたって映画化され、2016年にはNHK BSプレミアムでドラマ化もされました。女性が明智を演じたということで、話題になりました。
著者:江戸川乱歩について
- 推理小説を得意とした作家
- 実際に、探偵をしていたことがある
- 単怪奇性や幻想性を盛り込んだ、独自の探偵小説を確立した
江戸川乱歩は、1923年に「新青年」という探偵小説を掲載する雑誌に『二銭銅貨』を発表し、デビューしました。
その後、乱歩は西洋の推理小説とは違うスタイルを確立します。「新青年」からは、夢野久作や久生十蘭(ひさお じゅうらん)がデビューしました。
『屋根裏の散歩者』のあらすじ
三郎は、勉強にも遊びにも楽しみを見出せず、退屈な生活を送っています。そんなとき、三郎は探偵の明智小五郎と出会い、さまざまな犯罪の話を聞くうちに、犯罪に興味を持つようになりました。
退屈を紛らわせようと、新しい下宿に引っ越した三郎は、部屋の押し入れから屋根裏に上がれることに気が付きます。そして、それを利用して犯罪を計画し始めました。
登場人物紹介
郷田三郎(ごうだ さぶろう)
25歳。定職に就かず、親の仕送りで暮らしている。何にも面白さを感じず、堕落した日々を送っていた時に明智と出会い、犯罪に目覚める。
遠藤(えんどう)
三郎と同じ下宿に住む神経質な歯科助手。プレイボーイで、三郎は遠藤のことを鼻につくやつだと思っている。
明智小五郎(あけち こごろう)
私立探偵。三郎に犯罪の話を話して聞かせる。
『屋根裏の散歩者』の内容
この先、江戸川乱歩『屋根裏の散歩者』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
犯罪の魅力に憑りつかれた男の話
犯罪の話
郷田三郎は、何に対しても面白みを感じられない男です。職を転々とし、考えれるだけの遊びをし尽くし、何度も引っ越しをして環境を変えても、三郎は満足できません。いっそのこと死んでしまおうと思ったこともありましたが、死ぬに死ねず、だらだら生きています。
そんなとき、三郎は明智小五郎という探偵に出会います。明智は、様々な犯罪の話を三郎に聞かせます。
同僚を殺害して、その死体を実験室のかまどで焼こうとしたある博士の話や、子供のお尻の肉を煎じて病気を治そうとした男の話など、目の前にまざまざと浮かんでくる鮮やかな事件の話に、三郎は夢中です。それからというもの、三郎は犯罪に関する本を読みあさりました。
そして、三郎はそれだけでは飽き足らず、犯罪の真似事をするようになります。意味もなく壁に矢印を書いたり、暗号を書いた手紙をベンチにはさんだり、変装をしたりして楽しみました。しかし、3ヶ月も経つと次第に飽きてきて、明智とも会わなくなっていきました。
屋根裏の秘密
それから1年後、三郎は東栄館という新しい建物で下宿することになりました。そこでは新しい友人ができましたが、彼らと遊ぶことにも飽きてしまいます。
引っ越してから10日ほど経った頃、三郎は「押し入れで寝よう」と思いつきます。押し入れで寝始めたものの、飽き性の三郎はまた退屈してきて、押し入れのあちこちに落書きをするようになります。
そして天井に絵を描こうとした時、天井が持ち上がることに気が付きました。天井を押し上げてみると、板の上に石が乗っていた事が分かりました。
屋根裏は、建物を支える木が幾重にも連なり、梁からは無数の細い棒が下っていて、まるで鐘乳洞のようです。
三郎は、暇さえあれば棟木(むなぎ。屋根の下地になる木材)の上を歩くようになります。屋根裏の散歩の始まりです。
完全犯罪
部屋にはカギがかかりますが、屋根裏からなら他の部屋に入り放題です。そこで、三郎には忘れかけていた犯罪への興味が湧いてきます。
そして、足袋やぴったりしたズボンを履き、手袋をつけ、ピストルの代わりに懐中電灯を持って、犯罪者になり切って部屋の覗きを始めます。
ひとしきり部屋を見終わったとき、三郎はかすかな隙間を発見しました。そこからは、天井の板を外さなくとも、部屋の様子を見ることができました。その部屋の住人は、遠藤と言う歯科医学校卒業生で、歯医者の助手をしている男の部屋でした。
几帳面でプレイボーイの遠藤を、三郎は良く思っていませんでした。遠藤は寝ていますが、鼻炎のためか口を開けて呼吸をしています。そのとき、「うまく唾を吐けば、遠藤の口に入るのではないか」と思いつきます。
そして、ふいにあるおそろしい考えが浮かびます。「もし、遠藤の口に落とすのが唾ではなく毒だったら?」……
遠藤とは2~3回しか会ったことがないため、動機はありませんし、なにより天井から毒殺したなんて誰も思いません。三郎は、ただ殺人がしたいだけなのです。そのとき、三郎は遠藤がモルヒネを持っていたことを思い出しました。
以前、遠藤が彼女と心中しようとした時に学校から持ち出し、部屋の中で現在も保管しているのです。遠藤の自殺に仕立てることが可能なため、三郎は完全犯罪ができることに気づいてしまいました。
成功
そこで、三郎は遠藤の部屋を訪ね、遠藤がトイレに行ったときにモルヒネを盗みました。そして夜になり、意気揚々と屋根裏から部屋をのぞくと、遠藤は横を向いて寝ていました。
三郎は、「遠藤の口が必ずしも穴の下にあるわけじゃない」と言う当たり前のことに気づかなかったのです。三郎は、「つまらない殺人をせずに済んだ」と安心する一方で、毎回の散歩のときには遠藤の部屋をのぞかずにはいられませんでした。
そして、そのポケットにはモルヒネが入ったままです。そしてある夜、偶然にも遠藤の口が穴の下にあるのを見つけました。
三郎は、遠藤の口にモルヒネを垂らし、自殺に見せかけるためにモルヒネの瓶を落とします。遠藤が死んだのを見届けて、三郎は興奮気味に部屋に戻りました。そこで、三郎はコルクを落とし忘れたことに気づきます。
三郎はコルクを落としにもう一度遠藤の部屋に行き、コルクを落として戻ります。翌日、遠藤の死は警察に自殺と判断されました。三郎は、計画が成功した達成感を噛みしめます。
追求
数日後、三郎のもとに明智小五郎がやって来ました。三郎は遠藤の友人と一緒に、遠藤の部屋を明智に案内します。そこで明智は、目覚まし時計に目を付けます。遠藤の友人は、「自殺した日の朝も鳴っていた」と証言します。
遠藤は死ぬつもりだったのに、次の日の朝も起きるつもりで目覚ましをかけていたというのです。明智は、それに疑問を抱きます。
さらに明智は、「君はさっきから煙草を吸っていないが、やめたのかい?」と三郎に聞きました。言われてみれば、三郎はここ2~3日はあれほど好きだった煙草を1本も吸っていませんでした。
「考えて見ると、もう2~3日吸っていないな」と三郎が言うと、「じゃ、ちょうど遠藤君が死んだ日からだね」と明智は言いました。三郎は、何か嫌な予感がしました。しかしそれ以降、明智が訪ねてくることはありませんでした。
それから数日たってあるとき家に帰った三郎は、寝ようと思って押し入れの戸を開けました。開けた瞬間、三郎は叫び声を上げます。そこには、遠藤の首が逆さまにぶら下がっていたのです。
「君の真似をしてみたのだよ」と言ったその首の正体は、天井板を外して天井から顔を出した明智でした。
「君が殺したのではないかね。遠藤君は」明智は無邪気にニコニコしながら言います。そして、明智によって事件の全容が暴かれていきます。明智は、目覚まし時計のことから他殺だと判断し、警察署長を訪ねました。
話を聞くと、モルヒネの瓶が煙草の箱の中に転がっていて、中身が巻煙草にかかっていたのだと言います。几帳面な遠藤がそんなことをするはずがないと思い、明智はますます疑います。
そのとき、三郎がタバコを吸わなくなったことを思い出したのです。三郎は、モルヒネ煙草にかかったのを見ていました。三郎にはその印象が強く残り、無意識的に煙草嫌いになっていたのでした。
『屋根裏の散歩者』の解説
なぜ、三郎は退屈しているのか?
三郎は、何にも生きがいや楽しみを感じられない人物として描かれています。それは、三郎が厭世的(えんせいてき。世の中を嫌うこと)な性格であっただけでなく、社会的な要因もあると言えます。
明治時代には、帝国大学を頂点とした大学・中学・小学の教育体系が出来上がっていました。そして、高学歴が立身出世の条件となる学歴社会が確立されたのです。しかし、それは日露戦争後に崩れてしまいました。
そのため、「良い大学に行けば良い会社に入れて、順調に出世して、お金持ちになれる」という立身出世が幻想になってしまい、それに絶望した若者は生きがいを失って「墮落青年」などと呼ばれるようになりました。
同時に、立身出世という目標=生きがいが無くなったため、それを目的に勉強を頑張ってきた人たちは、「何をすればいいか分からない」「何のために生きてるか分からない」という風な状態におちいります。
大学を卒業したにもかかわらず、三郎が無気力で退屈や倦怠に支配される背景には、このような社会の状況が関係しているのです。
穆 彦姣「江戸川乱歩『屋根裏の散歩者』論 : 郷田三郎の人物造型を巡って」(日本文藝研究 2017年3月)
『屋根裏の散歩者』の感想
1番怖いのは明智
本作は、倒叙法が用いられている作品です。倒叙法とは、犯人視点で描かれることが多く、犯行の手口などが隠されずに語られる方法のことです。読者は犯人の正体を知っているので、犯人に感情移入しながら読むことができます。
乱歩の作品はこの形式のものが多いですが、毎回「今回は完璧な犯行でしょ」と思っても、必ずどこかに穴があって、それが暴かれるところの緊張感がすさまじいです。
また、笑顔で犯人を追い詰める明智が、「1番サイコパス気質があって怖いな」と思います。明智のその鋭い観察力等々が、悪い方に向かなくて良かったと「明智小五郎もの」を読むときにいつも思います。
最後に
今回は、江戸川乱歩『屋根裏の散歩者』のあらすじと感想をご紹介しました。
探偵に追いつめられる恐怖が新鮮な小説なので、ぜひ読んでみて下さい!