芥川の遺書にあった「ぼんやりとした不安」が表れている『トロッコ』。
今回は、芥川龍之介『トロッコ』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『トロッコ』の作品概要
著者 | 芥川龍之介(あくたがわ りゅうのすけ) |
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発表年 | 1922年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | ー |
小田原~熱海間の鉄道沿いを舞台に、少年の好奇心と恐怖が描かれます。2009年、本作をモチーフにした映画が公開されました。ぺージ数は、10ページに満たないくらいです。
著者:芥川龍之介について
- 夏目漱石に『鼻』を評価され、学生にして文壇デビュー
- 堀辰雄と出会い、弟子として可愛がった
- 35歳で自殺
- 菊池寛は、芥川の死後「芥川賞」を設立
芥川龍之介は、東大在学中に夏目漱石に『鼻』を絶賛され、華々しくデビューしました。芥川は作家の室生犀星(むろう さいせい)から堀辰雄を紹介され、堀の面倒を見ます。堀は、芥川を実父のように慕いました。
しかし晩年は精神を病み、睡眠薬等の薬物を乱用して35歳で自殺してしまいます。
芥川とは学生時代からの友人で、文藝春秋社を設立した菊池寛は、芥川の死後「芥川龍之介賞」を設立しました。芥川の死は、上からの啓蒙をコンセプトとする近代文学の終焉(しゅうえん)と語られることが多いです。
『トロッコ』のあらすじ
8歳の良平は、鉄道敷設工事を見に行ってトロッコの魅力に惹かれていきます。ある日、やさしそうな土工に声をかけた良平は、土工たちの仕事について行くことになりました。
ところが、日が暮れかけてから「もう遅いから帰んな」と言われてしまいます。良平は、来た道を死に物狂いで駆け戻ります。
登場人物紹介
良平
主人公の8歳の少年。好奇心旺盛で、トロッコに興味を持って土工(どこう)の仕事に着いて行く。
土工たち
鉄道工事に従事している労働者。良平の願いを快く聞き入れる親切な人たち。
『トロッコ』の内容
この先、芥川龍之介『トロッコ』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
正体不明の不安
鉄道工事
良平が8歳の時、小田原〜熱海間で鉄道の敷設(ふせつ)工事が始まりました。良平は、毎日村のはずれまで行って、工事の様子を見学しに行きます。そこでは、土工たちがトロッコを使って土を運んでいました。
あるとき、良平が友達と弟と一緒に工事現場に行くと、そこには誰もいませんでした。誰も見てないことを確認して、良平たちはトロッコを斜面のてっぺんまで押し上げて、それに乗って駆け下ります。
良平たちは、楽しくなって「もう1回やろう」と言いました。しかしそのとき、「この野郎!誰に断ってトロに触った?」といつの間にかやって来た土工に怒鳴られてしまい、良平たちは慌てて逃げ出しました。
念願のトロッコ
それから10日ほど経って、良平は1人で工事現場を見学しに行きます。すると、優しそうな雰囲気の土工が2人、トロッコを押しているのを見つけました。
良平が「おじさん。押してやろうか?」と声をかけると、「おお、押してくよう」と答えてくれます。しばらく一緒に押していると、良平はふいに「もう押さなくていいよ」と言われるのが怖くなりました。
そこで「いつまでも押していて良い?」と聞いてみると、土工は「いいとも」と答えました。嬉しくなった良平は、どんどん押し続けます。
不安
やがて工事現場は見えなくなり、みかん畑に差し掛かりました。そこで下り坂になったので、3人はトロッコに乗って斜面を駆け下ります。
トロッコが完全に止まると、あたりは竹やぶからいつの間にか雑木林に変わっていました。遠くには海が見えます。ここに来て初めて、良平は自分が遠くに来すぎたことに気づきます。
良平はだんだん不安になってきて、「早く引き返さないかな」と焦りだします。そんな良平をよそに、土工たちはのんきに茶屋で休憩し始めました。そうしている間にも日が暮れていき、良平のいらいらは募ります。
そんなとき、土工たちは「お前はもう帰んな。俺たちは今日は泊まりだから」「遅くなると家が心配するぞ」と言いました。
良平はあっけにとられて、これまで歩いてきた膨大な距離を1人でたどらなければならない事実を突きつけられ、泣きそうになります。しかし泣いている場合ではないと思ったので、良平は彼らにお辞儀をして駆け出しました。
安心
良平は、無我夢中で走り続けます。ポケットのお菓子やぞうりを脱ぎ捨て、こみ上げる涙を抑えながら懸命に走ります。日が暮れたせいで行きとは違う景色が、良平の恐怖を掻き立てます。
みかん畑に戻った頃には、日はほとんど沈んでいました。そしてようやく工事現場が見えたとき、良平は泣きたくなりましたが、やはり我慢します。
村に到着し、ぼろぼろの良平の姿を見た村人は口々に事情をたずねますが、良平は一言も発しません。そして自分の家に駆け込んだとき、良平は手足をじたばたさせて大泣きしたのでした。
それから月日は流れ、良平は26歳になりました。妻子を持つ良平は、出版社で働いています。しかし、ふいにわけもなく子供の頃の恐怖や不安、焦りを感じるのでした。
『トロッコ』の解説
良平の成長
『トロッコ』には、受動的な良平から、能動的な良平への成長が描かれていると考えることができます。それは、「われはもう帰んな。俺たち今日は泊まりだから」という土工の言葉の前後で、良平の態度が大きく変化していることから分かります。
それまでの良平は、土工に「遊んでもらっている」「面白いところに連れて行ってもらっている」というのんきな気持ちで、トロッコに乗っていました。しかし、土工たちは、「自分たちの仕事に、知らない子供が付いてきている」くらいにしか思っていませんでした。
両者の認識のズレが、土工の言葉によって表面化したのです。この時、他人の力に依存していた良平は、自分で問題を解決する力を身に付けました。この経験から、良平は自分のことを自分で決め、行動に責任を持つ少年に成長したのです。
大喜多紀明「芥川龍之介『トロッコ』の裏返し構造-良平の「新生」場面の機能-」(国語論集 2018年3月)
『トロッコ』の感想
主人公が子供だということ
読み終わったあと、正体不明の心細さにおそわれました。私は幼いころ、電車が怖くて仕方がありませんでした。たった数分乗っただけで、自分が知らない土地に連れて行かれるのが恐ろしかったからです。
そのため、工事現場がみかん畑に変わり、竹やぶが雑木林に変わり、やがて海が見えてくるという環境の変化を通して、知らない場所に来てしまったことを悟った良平の恐怖が、手に取るように理解できました。
また、「喜」から「哀」への感情の変化も、子供ならではだと思いました。感情がころころ変わることが、悪い評価を受けやすいことを知っている大人と違って、子供は素直に感情を表現します。
「うきうき、わくわく」というプラスの感情から、「恐怖、不安」というマイナスの感情への変化は劇的ですが、その当事者が子供だからこそ、不自然ではないのだと思いました。
また、「塵労に疲れた彼の前には今でもやはりその時のように、薄暗い藪や坂のある路が、細細と一すじ断続している」という最後の一文についてですが、ここには芥川が抱えていた漠然とした不安が表れています。
この小説で芥川が伝えたかったことは、「不安」そのものだと思います。
『トロッコ』の朗読音声
『トロッコ』の朗読音声は、YouTubeで聴くことができます。
『トロッコ』の感想文
- 主題は何か
- 芥川の実人生とどう関わっているか
- 26歳の良平目線で、小説を読み直してみる
作品を読んだうえで、5W1Hを基本に自分のなりに問いを立て、それに対して自身の考えを述べるというのが、1番字数を稼げるやり方ではないかと思います。感想文(読書感想文)のヒントは、上に挙げた通りです。
ネットから拾った感想文は、多少変えたとしてもバレるので、拙くても自力で書いたものを提出するのが良いと思います。
最後に
今回は、芥川龍之介『トロッコ』のあらすじと内容解説、感想をご紹介しました。普段通りの日常を過ごす中で、1人になった、ぼんやりした瞬間に、ふと不安な気持ちになることがある人にぜひ読んでほしい作品です!全文は青空文庫にもあります。
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