『途上』』は、近代日本の探偵小説の一例として有名な作品であると同時に、完全犯罪を描いた小説でもあります。
今回は、谷崎潤一郎『途上』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
『途上』の作品概要
著者 | 谷崎潤一郎(たにざき じゅんいちろう) |
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発表年 | 1920年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | 探偵小説 |
『途上』は、1920年に文芸雑誌『改造』で発表された谷崎潤一郎の短編小説です。探偵が、犯人に直接種明かしをする形式をとる小説です。
谷崎より8歳年下で、谷崎に傾倒した江戸川乱歩は、「大正6年『ハッサンカンの妖術』大正7年の『金と銀』『白昼鬼語』大正9年の『途上』などが谷崎怪奇文学の頂上期をなしている」としています。
実際に、『途上』を含む作品が日本の探偵小説に与えた影響は大きいです。Kindleでは無料¥0で読むことができます。
著者:谷崎潤一郎について
- 耽美派作家
- 奥さんを友人に譲るという事件を引き起こす
- 大の美食家
- 生涯で40回の引っ越しをした引っ越し魔
反道徳的なことでも、美のためなら表現するという「唯美主義」の立場を取る耽美派の作家です。社会から外れた作品を書いたので、「悪魔」と評されたこともありました。
しかし、漢文や古文、関西弁を操ったり、技巧的な形式の作品を執筆したりして、今では日本を代表する作家として評価されています。
『途上』のあらすじ
サラリーマンの湯河は、妻にプレゼントを買うために足早に帰路についていました。そんな時、湯河は突然安藤という探偵に呼び止められます。
安藤は、湯河の前妻が病気で亡くなったことや、今の妻とは正式な手続きを踏んだ夫婦でないことを指摘されて、驚きます。そして、安藤は前妻の死因について深堀りしていくのでした。
登場人物紹介
湯河(ゆかわ)
エリートサラリーマン。帰宅途中に探偵に声をかけられ、話をする。
安藤
私立探偵。仕事帰りの湯河に話を聞く。
『途上』の内容
この先、谷崎潤一郎『途上』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
妻殺し
私立探偵
ある日の夕暮れ、帰宅途中の湯河は、見知らぬ男に声をかけられます。差し出された名刺を見ると、「私立探偵 安藤一郎」とあります。湯河は、もらったボーナスで妻にプレゼントを買おうとしていたので、急に呼び止められて気分を害します。
しかし、安藤は湯河の知り合いからの紹介で来たというので、断ることもできず、歩きながら話をすることになりました。
安藤は、「あなたの結婚についてお伺いしたいのです」と言います。「僕はもう結婚していますよ」と反論すると、「法律上はまだでしょう」と安藤は言いました。
実は、湯河の妻の両親は結婚に賛成していないため、2人は正式な夫婦ではなかったのです。湯河は、安藤のリサーチ力に驚きました。
前妻
安藤は、湯河の前妻の話をしました。彼女はすでにチフスで亡くなっていたのです。そして、湯河の前妻はたびたび事故に巻き込まれていて、安藤はそのことについて話し出しました。
1つ目の事故は、前妻が乗ったバスの衝突事故です。安藤は、「あなたにも責任があるのですよ」と言いました。「なぜなら、あなたは電車ではなくバスで行くよう奥さんに指示したからです」。
このことに関して、湯河は「インフルエンザになった後だから、電車のような人ごみを避けなければならなかった」と言いました。探偵は納得しますが、「奥さんが、事故が起きた時に被害が大きい1番前の席にいたのはなぜですか?」と聞きます。
「インフルエンザを防ぐには、なるべく風上にいた方がいいから……」と湯河は答えました。さらに安藤は、湯河が前妻に飲酒や喫煙の習慣をつけさせたことを指摘しました。
目的
ここから、安藤によって湯河の悪事が暴かれていきます。湯河は、このようにして前妻の心臓を弱らせておきました。そして、肺炎かチフスに感染するよう生の水を飲ませます。当時、まだ生の水は処理がきちんとされておらず、細菌の温床だったからです。
そして、再びインフルエンザが流行し、親戚が感染したので、湯河は前妻をそこへ見舞いに行かせます。前妻はインフルエンザになりましたが、運よく治りました。
前妻はなかなか死なないので、湯河はガスストーブのガスを部屋に充満させて、窒息死させようとしました。これが2つ目の「事故」です。しかし、前妻は目を覚ましたのでこれも失敗に終わりました。
次に、湯河は庭に木を植えたり、池を掘ったり、トイレを西日が当たる場所に移動させたりしました。蚊とハエを発生させるためです。そして、とうとう前妻はチフスで亡くなりました。
湯河は、内縁の妻であった現在の妻と結婚したいと思っていて、そのためには前妻に死んでもらう必要があったのです。すべて種明かしされた湯河は、恐怖で震えが止まりません。
そしてたどり着いたのは、安藤の事務所でした。中には前妻の両親がいます。「あはははは、もういけませんよ」安藤は高らかに笑いました。
『途上』の解説
モデルは?
「湯河」が谷崎、「前妻」が谷崎の最初の妻である石川千代子、「現在の妻」が千代子の妹のせい子をモデルにしていると言われています。
谷崎は実人生で、実際は千代子の妹のせい子に惹かれていたのですが、千代子と結婚しました。しかし、せい子への思いを抑えきれず、谷崎はせい子と同棲を始めてしまいます。
千代子とせい子は、正反対の性格です。千代子は旧式で伝統的な日本人女性で、控えめで従順な性格です。
対して、妹のせい子は西洋的でオープンな性格で、自由奔放な女性だったと言われています。谷崎は、そういう勝気な女性が好きなので、せい子に惹かれたのでした。
たとえフィクションでも、別の女性と結ばれるために妻を殺したいという気持ちを抱くのは、おそろしくて鳥肌が立ちました。しかも、湯河は犯行を完全犯罪にするために、殺意がないように見せました。
前妻の身体を気遣ったふりをしながら、湯河が今か今かと前妻の死期を待っている様子は、純粋な殺意よりも怖い気がします。
『途上』の感想
心理戦を描く探偵小説
文庫本で30ページくらいの短い小説で、ほぼ探偵による種明かしです。推理をする過程が描かれないので、事件を解決する過程を楽しむと言うよりは、追い詰められる湯河とじわじわ追い詰める安藤の心理戦を楽しむ、という感じです。
どんどんトリックが明かされて、すっきりしていくのを見たい人におすすめです。私は、推理小説は情報量が多すぎるので苦手でが、推理小説の一番おいしいところだけがクローズアップされているので、苦を感じることなく読めました。
また、湯河の態度の変化も面白かったです。最初、湯河は堂々としていて、探偵に対しても「話を聞かせてやる」くらいの横柄な態度で接していました。
しかし、次々と種明かしをされるうちに、立場があやうくなるのを感じて自信を無くしていきます。
弱った湯河に追い打ちをかけるように、「あはははは、もういけませんよ」とサイコパスのように言うのが、とても怖かったです。そういう人間の心理の移り変わりが、見事に描き出されていると思いました。
最後に
今回は、谷崎潤一郎『途上』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。
普通の推理小説とは一味違う小説なので、ぜひ読んでみて下さい!
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