5千円札のイメージが強いかもしれませんが、一葉は文学史に非常に大きな功績を残した作家です。
今回は、樋口一葉『たけくらべ』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『たけくらべ』の作品概要
著者 | 樋口一葉(ひぐち いちよう) |
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発表年 | 1895年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | 少女の成長 |
『たけくらべ』は、1895年に文芸雑誌『文学界』(第25~27号、32号、35号~37号)で連載された樋口一葉の短編小説です。吉原(よしわら。政府公認の遊郭)の近くに住む少年少女の淡い恋が描かれています。
タイトルやストーリーは、『伊勢物語』の二三段の和歌が題材になっています。Kindle版は無料¥0で読むことができます。
著者:樋口一葉について
- 職業女流作家
- 17歳で家を継ぎ、借金まみれの生活を送った
- 「奇蹟の14か月」に名作を発表
- 24歳で死去
樋口一葉は、近代以降初めて作家を仕事にした女性です。美貌と文才を兼ね備えていたので、男社会の文壇(文学関係者のコミュニティ)ではマドンナ的存在でした。
父の死によって17歳で家を継ぐことになり、父が残した多額の借金を背負いました。「奇蹟の14か月」という死ぬ間際の期間に、『大つごもり』『たけくらべ』『十三夜』などの歴史に残る名作を発表したのち、肺結核によって25歳で亡くなりました。
『たけくらべ』のあらすじ
未来の遊女候補の美登利は、日々学校に通いながら遊女になるための教育を受けています。美登利は、ひそかに寺の息子である信如に好意を抱いていますが、なかなか素直になれません。
ある祭りの日、信如が住む横町のガキ大将・長吉と、美登利の友人の正太郎が争いを始めてしまいます。
割って入った美登利は、長吉から「こっちには信如がついているぞ」と言われてしまいます。それを聞いた美登利は、気分を悪くすると同時にショックを受けるのでした。それから、少年のように活発だった美登利は急に大人しくなってしまうのでした。
冒頭文紹介
『たけくらべ』は、以下の一文からはじまります。
廻れば大門の見返り柳いと長けれど、お齒ぐろ溝に燈火うつる三階の騷ぎも手に取る如く、明けくれなしの車の行來にはかり知られぬ全盛をうらなひて、
「お歯ぐろ溝」とは、吉原遊郭を囲むどぶのことです。遊女がお歯黒の汁を捨てたことが名前の由来です。遊女が逃げるのを防ぐために設けられました。吉原とセットになるものであるため、現在の遊郭を題材にした漫画や小説でも頻出の単語です。
登場人物紹介
美登利(みどり)
表町の大黒屋の寮の留守番をする少女。売れっ子遊女の姉を持つ。
正太郎(しょうたろう)
表町の田中屋の息子。美登利と仲が良い。
長吉(ちょうきち)
横町の少年グループのボス。美登利たちと敵対している。
信如(しんにょ)
横町の寺の息子。美登利がひそかに想いを寄せる相手。
『たけくらべ』の内容
この先、樋口一葉『たけくらべ』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
思春期の心の移り変わり
小さな女王
美登利は、姉が遊女として身売りされた時に両親と一緒に吉原にやって来ました。母親は遊女たちの仕立て屋として働いていて、父親は小さな女郎屋で会計係を任されています。
美登利は未来の遊女候補として、踊りや三味線などの習い事をさせてもらったり、学校に通わせてもらったりしています。
吉原で瞬く間に売れっ子の遊女となった姉のおかげで、美登利は遊女の身の回りの世話をする女性たちから可愛いがられ、お小遣いには困りません。
そんな美登利は、美登利の人気を妬む町内の娘たちから心ない言葉を浴びせられて、三日三晩泣き続けました。
しかし、生まれながらの勝ち気な性格のおかげで少々の事では動じなくなり、次第に美登利を敵視する子はいなくなりました。いつしか、美登利は子供仲間の間で女王様のような存在になっていきました。
表町と横町の対立
美登利が住む大黒屋の寮は表町にあり、裕福な家庭が多い地域です。仲間の正太郎の家も表町にあります。一方で横町という地域の住人は、経済的に困窮しています。そのため、自然と両者の溝は深まっていきました。
横町で少年たちを束ねているのは、ガキ大将として有名な長吉です。負けず嫌いな性格の長吉は、千束神社のお祭りで表町の子供を圧倒しようと考えています。
美登利の苦悩
祭りの当日、表町の子供たちの待ち合わせの列の中に正太郎の姿は見当たりません。取り巻きを連れて襲撃にきた横町の長吉は、正太郎がいないことに腹を立て、正太郎の弟分を痛めつけます。
気の強い美登利は、長吉に立ち向かって止めようとしましたが、泥のついた草履を額に投げつけられてしまいました。
交番から巡査が駆けつけて来たために長吉は逃げ出しますが、去り際に龍華寺の息子・藤本信如の名前を残していきます。美登利は密かに憧れていた信如が長吉と関係があることを知って衝撃を受けます。
信如は横町に住んでいましたが、美登利と同じ私立の学校に通っていました。親譲りで勉強ができるので、彼を侮るような子供はいません。美登利は彼に積極的にアプローチをしますが、将来僧侶になる信如は女子生徒と親しくすることはできません。
横町の長吉を仲間の正太郎に向かわせた張本人が信如だと知って、美登利は深く傷ついてしまいます。信如と教室で顔を合わせるのも嫌になった美登利は次第に授業を休みがちになり、遊廓で働いている年上の女性たちと遊び暮らすようになりました。
子供から大人へ
14歳になった美登利は、自分自身の身体が子供から大人の女性へと変わっていることに気がついて、憂鬱な気分になってしました。今までのように大騒ぎすることも、男の子たちと遊ぶこともありません。
そのため、酉の市に誘いに来てくれた正太郎に対しても愛想なく、冷たい言葉を放ってしまいます。つられて気を落とした正太郎もすっかり大人しくなってしまい、表町は寂しくなってしまいました。
ある冬の朝、美登利は家の前の格子門に誰かが水仙の造花を外から差し込んでいることに気がつきました。相手に心当たりはありませんでしたが、床の間の一輪挿しにさして眺めてみます。
噂によると、この造花が届けられたのは信如が僧侶の学校に入学することが決まった当日でした。
『たけくらべ』の解説
タイトルについて
『たけくらべ』は、『伊勢物語』二十三段「筒井筒(つついづつ)」という話に由来していると言われています。 これは、昔遊んでいた幼馴染同士が成長し、後に再会して結婚する物語です。
「筒井筒」では、お互いを意識しあうような年頃になった時に歌が交わされます。男性からは「いっしょに背比べした私の背も、ずいぶん高くなってしまいました」、女性からは「長さを比べあった私の髪もずいぶん長くなってしまいました」という内容です。
背と髪の丈を比べあった子供の頃の思い出を読み込んだこの歌から「たけくらべ」という題名がきていると言われています。どの「丈」を重視するのかは、男女によって異なります。男女の差を意識し始める思春期を象徴したタイトルだとも言えます。
小説の背景
一葉は、中産階級の比較的余裕のある家庭から転落して、吉原の近くに移り住みました。生活が行き詰まり、駄菓子やおもちゃを売る店を開きますが、1年足らずで失敗してしまいました。
『たけくらべ』は、そんな特殊な色町での経験がもとになった小説です。また、その日暮らしで生きることに精いっぱいだった一葉にしか書けないある重みの書きぶりが、当時の文壇の評価を受けたと言われています。
『たけくらべ』の感想
年頃の少女を描く
大人の女性に変化していることを気づいた美登利が、はつらつさを失って奥ゆかしさを増していく描写が見事だと思いました。遊女として生きていく事の意味を理解すると同時に、身体の変化に敏感になる思春期の美登利の複雑な心理を浮き彫りにしています。
日本の女性は、既婚なら丸髷(まるまげ)、少女なら銀杏返し(いちょうがえし)という風に、ステータスや職業、年齢によって髪型が決まっていました。
美登利が途中で結い始めた島田髷(しまだまげ)は、大人の女性の象徴です。そのため、研究者の間では「初潮が来たことを表しているのではないか」と言われています。
子供から大人へ緩やかに移行する時期の少年少女たちを、実にリアルにみずみずしく描いた作品だと思います。
『たけくらべ』の現代語訳
『たけくらべ』の現代語訳は、河出書房新社から出版されています。『たけくらべ』の他に、『やみ夜』『わかれ道』『うもれ木』『十三夜』が収録されています。
『たけくらべ』の朗読音声
『たけくらべ』の朗読音声は、YouTubeで聴くことができます。
最後に
今回は、樋口一葉『たけくらべ』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。
古文が苦手な人は少し読みにくさを感じてしまうかもしれませんが、美しい文体は遊郭を舞台にした小説とよく合っています。
雅文体(平安時代の文章に寄せた文体)は読者に非日常を感じさせる役割があるので、現実なのにどこか夢物語のような雰囲気をまとう不思議な小説です。ぜひ読んでみて下さい!
↑Kindle版は無料¥0で読むことができます。