「死があたかも一つの季節を開いたかのようだった」という冒頭の一文が有名な『聖家族』。
今回は、堀辰雄『聖家族』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『聖家族』の作品概要
著者 | 堀辰雄(ほり たつお) |
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発表年 | 1930年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | 死の克服 |
『聖家族』は、1930年に文芸雑誌『改造』(1月号)で発表された堀辰雄の短編小説です。死者を軸に、その周辺人物の心理描写が克明に描かれています。堀が、師事していた芥川龍之介の自殺を受けて、堀自身や芥川等をモデルにして執筆しました。
初期の堀の代表作で、初めて文壇で認められた作品です。Kindle版は無料¥0で読むことができます。
著者:堀辰雄について
- 「生死」をテーマにした作品が多い
- 芥川龍之介に師事する
- 古典や王朝女流文学に目を向ける
- 48歳のときに結核で亡くなる
堀辰雄は、20歳前後のときに関東大震災で母親を亡くしたことによる心労で、結核にかかってしまいました。その影響で、「生と死」がテーマとなっている作品が多いという特徴があります。
室生犀星(むろう さいせい)から芥川龍之介を紹介され、堀は芥川のことを父親のように慕いました。その後、古典や王朝女流文学を作品に興味の幅を広げ、平安朝が舞台の『曠野(あらの)』や、日記体が採用されている『菜穂子』を執筆しました。
晩年は結核の症状が悪化し、戦後は作品の発表がほぼできないまま、闘病生活の末に亡くなりました。
『聖家族』のあらすじ
九鬼(くき)の告別式に向かう車で道が混雑する中、1人の夫人が車から降りました。扁理(へんり)は、彼女が細木(さいき)夫人だと気づき、声を掛けます。夫人は、扁理に「今度うちへ来てください」と言いました。
九鬼の蔵書の整理していた扁理は、1枚の手紙を見つけます。そこには、「どちらが相手をより多く苦しますことが出来るか、私たちは試して見ましょう」という挑戦的な言葉が並んでいました。
そして、扁理は細木夫人の家に向かいます。そこには、細木夫人の娘の絹子がいました。
登場人物紹介
扁理(へんり)
20歳の青年。九鬼の弟子のような存在。
細木(さいき)夫人
未亡人。生前の九鬼と恋愛関係にあった。
絹子(きぬこ)
17歳~18歳くらいの細木夫人の娘。自分の気持ちに素直になれないでいる。
九鬼(くき)
扁理が師事していた人物。すでに亡くなっている。
『聖家族』の内容
この先、堀辰雄『聖家族』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
最愛の人の死という呪縛からの解放
死からのスタート
3月のある日、扁理は九鬼の告別式に向かう車から、1人の美しい貴婦人が下りてきたのを見ました。扁理は、彼女が細木夫人だとに気づいて声をかけます。夫人も扁理のことを思い出し、今度家に遊びに来るよう言いました。
九鬼の死後、扁理は遺族から頼まれて九鬼の蔵書の整理をします。そして扁理は、女性の筆跡で書いてある手紙を見つけました。扁理はそれを読み、元の場所に戻しました。
ラファエロの画集
それからしばらくして、扁理は細木夫人の家に行きました。そこには、夫人の娘の絹子もいました。そして扁理は、九鬼からもらったラファエロの画集を、お金がなかったので売ってしまったことを話します。
ある晩、扁理の夢の中に九鬼が出て来ました。九鬼はラファエロの画集を扁理に渡し、「聖家族」という絵を見せます。不思議と、その絵の中の聖母の顔は細木夫人のようで、聖母の子供は絹子のようでした。
目を覚ますと、枕元に細木夫人からの封筒が落ちていました。そこには、「ラファエロの画集を買い戻しなさい」という文言があり、1枚の為替が入っていました。
隠された本心
細木夫人は、扁理が買い戻した画集の匂いを嗅ぎ、「煙草の匂いがしますわ」と言いました。やがて、扁理と絹子はお互いを強く意識するようになります。
しかし扁理は、細木夫人との恋愛でひどく傷ついた九鬼の姿を見ていたので、恋愛には臆病になっていました。そのため、2人は自分の気持ちに正直になれないまま過ごしています。
そして扁理は、自分は九鬼のように傷つけられる前に、細木夫人や絹子から離れた方が良いと考えるようになります。扁理は踊り子と付き合い始め、絹子のことを考えないようにしました。
絹子は相手の女性に対して激しい嫉妬心を燃やしますが、絹子はそのイライラの正体が何なのか分かりませんでした。
死の克服
久しぶりに細木家を訪れた扁理は、少しのあいだ旅行に行くと言いました。絹子を忘れるつもりで適当に付き合っていた、踊り子と関係に疲れてしまったのです。
扁理は見知らぬ海辺の町を歩きながら、自分の裏側に絶えず九鬼が生きていて、いまだに自分を支配していることに気づきました。
扁理の出発後、絹子は病気になってしまいます。絹子と言葉を交わした細木夫人は、「自分が昔、あの人を愛していたように、絹子は扁理を愛している」と確信します。
扁理のことを思いながら、細木夫人を見つめる絹子の眼差しは、だんだんラファエロの聖家族の幼児に似ていくように思われました。
『聖家族』の解説
無意識を描く
『聖家族』では、登場人物が本人でも気づいていない、無意識の感情が語り手によって語られています。以下に例をあげます。
かれは出来るだけ悲しみを装うとした。だが、自分で気のついているよりずっと深いものだった、彼自身の悲しみがそれを彼にうまくさせなかった。
ここでは、扁理が自分で意識している以上に、九鬼か死んだことを悲しんでいることが示されています。
絹子は、自分ではすこしも気づかなかったが、扁理に初めて会った時分から、少しづつ心が動揺しだしていた。(中略)少女は、扁理を自分のうしろに従えながら、庭の奥の方へはいって行けば行くほど、へんに歩きにくくなりだした。彼女はそれを自分のうしろにいる扁理のためだとは気づかなかった。
ここからは、絹子が気づかないうちに扁理を意識し始めている事が分かります。
扁理の乱雑な生活のなかに埋もれながら、なお絶えず成長しつつあった一つの純潔な愛が、こうしてひょっくりその表面に顔を出したのだ。だが、それは彼に気づかれずに再び引込んで行った……
ここでは、扁理が無意識のうちに絹子に愛情を感じている様子が描かれています。
このように、堀は語り手のいる3人称小説の特徴や、婉曲表現を駆使して、意識下にない心情を描いたのでした。
芥川の晩年作品との関連
芥川龍之介は、堀辰雄の師匠です。血のつながった父親に接することなく育った堀は、芥川を父親のように慕っていました。『聖家族』は、そんな堀が芥川の自殺に直面し、そのショックを克服するために書かれた作品です。
芥川は、晩年に精神を病んで幻覚やドッペルケンガーに苦しめられていました(これが自殺につながっています)。そのため、自殺前の芥川の作品には「死」や「不安」などのネガティブの要素を感じさせる『歯車』『蜃気楼』などが残されています。
とりわけ『蜃気楼』の中の描写は『聖家族』の中にも反映されており、その影響を確認することができます。ここで九鬼・扁理と芥川・堀が重なって見え、作中世界と現実世界がリンクしている様子が見て取れます。
飯島洋「「聖家族」の心理描写」(『国語国文』2003年1月)
『聖家族』の感想
絵画「聖家族」との関係
「聖家族」という絵画についてですが、私はそれに人物を当てはめるのだと思っていました(聖家族は、幼少年時代のイエスと養父ヨセフ、聖母マリアのことで、キリスト教美術の定番モチーフです)。
しかし、ある先生に伺ったところ、「マリアが細木夫人で、ヨセフが九鬼で、イエスが絹子で……という風に人物を当てはめるのは、ナンセンスだ」と言われました。
確かに、そうすると扁理が入る余地がなくなってしまうなと思っていたので、ぼんやりと4人が絵画になっているところを想像すれば良いのかと思いました。
最後に
今回は、堀辰雄『聖家族』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。
扁理は九鬼を「裏返しにしたような」青年だったりするなど、解釈が難しい箇所が多くて読めば読むほど余計に分からなくなる小説です。
しかし、日本のようで異国のような不思議な世界が舞台となっていて、何度でも読み返したくなる小説なので、ぜひ読んでみて下さい!
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