『たけくらべ』と並び、一葉の代表作となっている『にごりえ』。漢字で書くと「濁江」で、「濁った水」という意味になります。
今回は、樋口一葉『にごりえ』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『にごりえ』の作品概要
著者 | 樋口一葉(ひぐち いちよう) |
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発表年 | 1895年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | 悲劇 |
一葉が、父の法要費をねん出するために執筆した作品です。1953年に、『大つごもり』『十三夜』とともにオムニバス映画として映像化されました。
著者:樋口一葉について
- 職業女流作家
- 17歳で家を継ぎ、借金まみれの生活を送った
- 「奇蹟の14か月」に名作を発表
- 24歳で死去
樋口一葉は、近代以降初めて作家を仕事にした女性です。美貌と文才を兼ね備えていたので、男社会の文壇(文学関係者のコミュニティ)ではマドンナ的存在でした。
父の死によって17歳で家を継ぐことになり、父が残した多額の借金を背負いました。「奇蹟の14か月」という死ぬ間際の期間に、『大つごもり』『たけくらべ』『十三夜』などの歴史に残る名作を発表したのち、肺結核で亡くなりました。
『にごりえ』のあらすじ
布団屋を営む源七(げんしち)は、かつて銘酒屋で働くお力(りき)のなじみの客でした。源七は、経済的な理由でお力のところに通えなくなってしまいましたが、それでもお力への思いは消えてはいませんでした。
一方で、お力には新しく朝之助(とものすけ)という客がつき、2人は親交を深めます。そんな時、源七の子どもはお力から高級なお菓子をもらいます。それに激怒した源七の妻は、源七と言い争いになりますが、お力もその争いに巻き込まれてしまうのでした。
登場人物紹介
お力(おりき)
小料理屋「菊の井」で働く娘。今で言うホステスのような立場の女性で、食事に来た男性を接待する。
源七(げんしち)
布団屋の店主。妻子持ちだが、以前通っていたのお力のことを忘れられない。
朝之助(とものすけ)
30歳の男。お力に会うために店に通っている。
お初(おはつ)
源七の妻。お力に夢中な源七のかわりに、内職で家計を支える。
『にごりえ』の内容
この先、樋口一葉『にごりえ』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
酌婦として生きることの辛さ
酌婦・お力
小料理屋「菊の井」で働くお力は、かつて布団屋の源七と恋仲でした。今は別れていますが、源七はお力のことが忘れられません。しかし、お力にはよりを戻す気は全くありませんでした。
ある雨の日、客引きをしていたお力は朝之助という男を店に引き入れます。その後、朝之助は週に数回、店に来るようになりました。
心を開くお力
源七は、以前はお金に余裕があったので菊の井に通っていましたが、今は妻のお初と息子の太吉とその日暮らしをしています。しかし源七は、いまだにお力に思いを寄せ続けていました。
一方で、お力を含めて男性にお酌をする酌婦は、客からお金を吸い取って破滅させる「白鬼(しろおに)」と呼ばれています。お力は、そんな酌婦の仕事をしながらも、将来に対して漠然とした不安を抱えていました。
ある日、その不安につぶされそうになったお力は、仕事中に町へ飛び出してしまいます。そして、朝之助と会って菊の井へ戻りました。お力は、他の客を差し置いて朝之助を接待しました。そこでお力は、今まで誰にも語ることのなかった自分のことを話し始めます。
お力は、「貧しい家庭に生まれて酌婦なんかをやっている自分は、もう這い上がれない」と嘆きました。それを聞いた朝之助は、「お前は出世したいんだな」「思い切ってやればいい」と言います。その夜、お力は朝之助と朝まで過ごしました。
カステラ事件
お力に対して未練のある源七は、仕事にも精が出ません。そんな源七を見たお初は、源七に冷たい言葉を投げかけます。
そんな時、太吉が高級カステラを持って帰ってきました。お初が「誰から買ってもらったの?」と聞くと、太吉は「菊の井の鬼姉さん(お力のこと)」と答えます。
それを聞いたお初は激怒し、「お父さんを怠け者にし、いま貧乏暮らしをするようになってしまった元凶の女から菓子をもらうなんて、情けない」と言って、カステラを空き地に投げ捨ててしまいます。お初は、それを見た源七と口論になり、家を出ていくことにしました。
恨みの残る死
ある夏の夜、町では2つの棺が運ばれています。大通りに集まった人たちは、「あの日の夕暮れに、2人で立ち話をしてたのを見た人がいる。きっと心中に違いない」
「あの女が心中なんてするわけない。後ろから斬られて、逃げるところをやられたに違いない」「菊の井は大損だ」と口々にうわさします。人々は、2人の死因は良く分からないが、恨みの残る死なのだろうと感じました。
『にごりえ』の解説
先進的な考え方のお力
これでも折ふしは世間さま並の事を思ふて恥かしい事つらい事情ない事とも思はれるも寧
九尺二間でも極まつた良人といふに添うて身を固めようと考へる事もござんすけれど、夫れが私は出來ませぬ、
身を固めようと思っても、自分にはできない。求婚してくる人があっても、それに応えられない。お力のこのような発言に表れているのは、結婚への疑いです。
お力は、男性に所有されることを拒絶しています。とは言っても、男性から言い寄られて嫌な気がするわけではありません。しかし、男性のものになりたくないお力は、結婚を前提にしないことを前提に、朝之助と付き合うのでした。
明治28年という早い時期に、このような進んだ恋愛観が描かれるのは、非常に珍しいことです。
『にごりえ』の感想
悲劇
最後、唐突すぎて良く分からなくなりましたが、源七はお力を殺した後に切腹自殺をしました。この小説のすごいところは、徹底的に悲劇だということだと思います。
まず、殺されたお力が不幸なのは自明のことです。せっかくできた恋人を無くした朝之助も、同じく悲しむでしょう。父親を亡くした太吉もかわいそうです。また、当時の女性は財力がなく、男性に寄生しなければ生きていけなかったので、お初も困ってしまいます。
最後の最後で、本当に救いようのない方向に持って行ったのが、唐突ではありましたが私は面白いと感じました。一葉は悲劇ばかり書くので、彼女らしい終わらせ方だと感じました。
また、『にごりえ』には一葉がアリス症候群(物や音の大小が、普通とは違って感じられる現象)であると疑うような記述が見られます。
『にごりえ』の現代語訳
読みやすい文庫版です。『にごりえ』だけでなく、『たけくらべ』『やみ夜』『わかれ道』『うもれ木』『十三夜』の現代語訳が収録されています。
最後に
今回は、樋口一葉『にごりえ』のあらすじと感想をご紹介しました。
一葉は、生前非常に貧乏な暮らしをしており、加えて遊郭のそばに住んでいた経験があります。それが見事に反映されている作品なので、ぜひ読んでみて下さい!
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