「石炭をば早や積み果てつ」から始まる『舞姫』。古文のような文体で書かれているので、苦手意識を持っている人も多いかと思いますが、実は現代のドラマにも通じることがテーマになっています。
今回は、森鷗外『舞姫』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『舞姫』の作品概要
著者 | 森鷗外(もり おうがい) |
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発表年 | 1890年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | 恋愛 |
『舞姫』は、1890年に文芸雑誌『国民之友』で発表された森鷗外の短編小説です。ドイツに留学した主人公が、現地で踊り子と恋をする様子が描かれます。鷗外初期の代表作です。
著者:森鷗外について
- 夏目漱石のライバル
- 樋口一葉の評価を高めた
- 文豪の中で、社会的地位が最も高い人物(陸軍軍医総監)
医者の家に生まれ、東大を首席で卒業した鷗外は、軍医として働きます。スーパーエリートの鷗外は、国から認められてドイツに留学しました。このときの経験は、ドイツ三部作(『舞姫』『うたかたの記』『文づかひ』)の題材になっています。
『舞姫』のあらすじ
主人公の豊太郎は、19歳で大学を卒業した秀才です。国からドイツ留学を命じられた豊太郎は、やがてヨーロッパの自由な空気に感化されていきます。
そして、それまで言われたとおりにエリート街道まっしぐらだった豊太郎は、自身の生き方に疑問を持ち始めます。
そんな時に出会ったのは、踊り子のエリスでした。貧しいエリスを援助したことがきっかけで、2人は仲を深めます。しかし、留学中に現地の女性と関係を持っていることを国に知られた豊太郎は、クビにされてしまいました。
そんな時に豊太郎を支えたのはエリスでしたが、豊太郎はあるとき出世コースに戻るチャンスに巡り合います。豊太郎は、恋愛と仕事のはざまで苦悩します。
登場人物紹介
太田豊太郎(おおた とよたろう)
主人公。順調にキャリアを歩み、大学卒業後にドイツ留学を命じられる。そこで出会った踊り子のエリスと恋に落ちる。
エリス
ドイツ人の踊り子。貧困に苦しんでいたところを豊太郎に助けてもらい、交際を始める。
相沢(あいざわ)
豊太郎の大学時代の同級生で、エリスとの関係に危機感を持ち、別れるように指南する。
『舞姫』の内容
この先、森鷗外『舞姫』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
私と仕事、どっちが大事なの!
豊太郎の疑問
豊太郎は小さい頃から学問に励み、大学を19歳で卒業しました。さらに医学を学ぶため、ドイツへ留学します。国から認められた豊太郎は、国のため、親のために一生懸命学びます。そこで、次第にヨーロッパの自由な空気に感化されていきました。
目にするもの、体験するもの、何もかもが新鮮で素晴らしい経験をしていくうちに、豊太郎はふと敷かれたレールの上を走っている自分に疑問を感じるようになりました。両親に従い、先生や政府の言う通りにエリートへの階段を上ってきた自分への疑問です。
エリスとの出会い
そんなときに出会ったのが、美しくも不幸な踊り子のエリスでした。貧しくて父の葬儀すらできない彼女をかわいそうに思った豊太郎は、彼女を金銭的に援助します。それをきっかけに2人の仲は深まっていきます。
エリスと恋人同士になった豊太郎でしたが、当時の日本は国際恋愛や国際結婚が異端とされた時代です。さらに、「国のために公費で留学している豊太郎が、現地の女性と関係を持っている」と同僚に告げ口され、豊太郎は公務員をクビにされてしまいました。
彼は地位も名誉も無くしてしまったのです。また国からのお金の支給が途絶えてしまったので、金銭面で困窮してしまいます。
2つの道
そんな時、大学生の頃の同級生の相沢が、豊太郎に新聞社の通信員の仕事を紹介してくれました。相沢は天方という伯爵の秘書をしています。受け取る給料はわずかでしたが、豊太郎はエリスと慎ましくも楽しい日々を送っていました。
しかし、エリスがつわりを起こして舞台の上で倒れてしまいます。同時に周囲からは、エリスと別れて出世コースに戻るよう説得されます。
豊太郎はエリスを取るか仕事を取るか悩みます。決断を先延ばしにしているうちに、豊太郎のロシア行きが決まってしまい、いよいよエリスにそのことを告げなければならなくなりました。
エリスの発狂
エリスにロシア行きを言い出せないまま、出発の日が近づいてきます。そして、見かねた相沢がエリスに全てを話してしまい、それを聞いたエリスはパニック状態に陥ります。
精神的のバランスを失ったエリスは入院してしまい、豊太郎の旅立ちを見送ることができませんでした。
豊太郎は天方とともにロシアに行きましたが、やがて日本に帰国します。相沢という義理堅い友人の存在を、豊太郎はありがたく思います。しかし、エリスへの無神経な対応には、5年経った今でもわずかな憎しみを感じてしまうのでした。
『舞姫』の解説
クズじゃない豊太郎
豊太郎は、読んだ人に「クズすぎる」という感想を持たれがちです。確かに、自分からアプローチして妊娠させた女性を捨ててしまうということは、許されないことです。しかし、時代背景を考えると一概にそうは言えません。
豊太郎は父を早くに亡くし、母の大きな期待を背負って生きてきた秀才です。公務員として入省して官長に気に入られ、ドイツ留学という重要な使命を任せられました。
現在の留学とは異なり、当時の留学は国を代表して欧米の知見を得るという、非常に重い任務でした。豊太郎は国を挙げての留学を命じられているので、私情で仕事を投げ出すわけにはいかなかったのです。
今で言うと、外交官が渡航先の女性と親しくなって仕事を疎かにしてしまうといったところでしょうか。だからこそ、豊太郎には豊太郎なりの苦悩があったことを理解しなければなりません。
エリスのモデル
エリスにはモデルがいたといわれています。鷗外自身がベルリンに留学中恋に落ちた、エリーゼという女性です。本作は鷗外の実体験がもとになっていると言われています。
2人は国際結婚しようと、一緒に日本へ向かいましたが、母や周囲の人に反対されてしまいます。そして鷗外は別れを決意し、彼女をベルリンへ帰してしまうのでした。
ベルリンへの留学、現地の女性との恋愛、結婚の反対というモチーフは、『舞姫』とリンクしていると言えます。鷗外はエリーゼを祖国へ帰した後も、彼女と手紙を交わしたのだそうです。
どこがロマン?
この小説は「ロマン主義」に属しています。ロマン主義というのはリアリズムの対義語で、いわゆる「現実からはかけ離れた夢物語」のような位置付けです。
「女性を捨てる話のどこが夢物語なんだ!」と思うかもしれませんが、当時の日本人からすればこの話はロマンチックなのです。
それには、当時の男女観が関係しています。この小説が書かれた明治時代初期は、旧式な男尊女卑の思想が当たり前だった時代です。男性が強くて女性が弱かったので、男性が女性を優先することはありえないことでした。
そのため、「自分のキャリアを犠牲にして女性を選ぶ」という考えは、普通湧き起こって来ません。
豊太郎は、自分の地位とエリスを天秤にかけた時、すぐに地位を選ばないでどちらを取るか非常に悩みます。そのこと自体が、当時の感覚からしたら非日常なので、この小説はロマンだと言われるのです。
『舞姫』の感想
一昔前は、『舞姫』のように男性が仕事と恋人の狭間で苦悩する話が多かったです。「私と仕事、どっちが大事なの!」というセリフに代表されるものです。
しかし今は、女性の方が仕事と恋の両立で悩む作品が増えたように感じています。ドラマや小説における、女性の社会進出の影響を再確認できました。
また、エリスとの交際を告げ口された際に、豊太郎には免職になったことを知った母からの怒りの手紙が届きます。さらに、ほぼ同時に母の死を知らせる手紙も送られてきます。このことから、恋愛に夢中になった息子を改心させるために、自殺したと考えることができます。
女手一つで息子を官僚にまで育て上げた豊太郎の母は、相当な教育ママです。そんな手塩にかけて育てた息子が、女性との交際が原因で地位を剥奪されたショックは、想像を絶するものと予想できます。豊太郎のお母さんにも少し同情してしまいました。
『舞姫』の現代語訳
『舞姫』をエリスサイドから描く『エリスの物語』が収録されている、現代語訳です。
最後に
今回は、森鷗外『舞姫』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。
『舞姫』では、自己犠牲が美徳とされていた日本と、近代的自我や個人主義を重視するヨーロッパとの比較がなされています。留学でグローバルな視点を養った鷗外は、日本が窮屈に感じられたのではないかと思います。ぜひ読んでみて下さい!
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