時代遅れの切腹自殺をし、昭和の日本を震撼(しんかん)させた小説家・三島由紀夫。日本だけでなく、世界でも「ミシマ文学」として認められています。
今回は、三島由紀夫『仮面の告白』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『仮面の告白』の作品概要
著者 | 三島由紀夫(みしま ゆきお) |
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発表年 | 1949年 |
発表形態 | 書き下ろし |
ジャンル | 長編小説 |
テーマ | 同性愛 |
『仮面の告白』は、1949年に発表された三島由紀夫による書き下ろしの長編小説です。人と違う性的指向(好きになる対象)に悩み、生い立ちから自分を客観的に分析していく「私」の告白がなされています。
三島の出世作で、「三島の自伝的小説」と評されます。『仮面の告白』は、まだ電子書籍化されていせん。
著者:三島由紀夫について
- 小説家、政治活動家
- ノーベル文学賞候補になった
- 代表作は『仮面の告白』
- 割腹(かっぷく)自殺した
三島由紀夫は、東大法学部を卒業後に財務省に入省したエリートでしたが、のちに小説家に転向します。ノーベル文学賞候補になったこともあり、海外でも広く認められた作家です。同性愛をテーマにした『仮面の告白』で一躍有名になりました。
皇国主義者の三島は、民兵組織「楯の会」を結成し、自衛隊の駐屯地で演説をした後に割腹自殺をしました。
『仮面の告白』のあらすじ
主人公の私は、子供のころから男性の肉体に憧れる子供でした。そして中学生になったとき、私は「聖セバスチャン」という裸の青年が縛られた絵と出会い、感銘を受けます。また、私は同級生の近江に恋心を抱いてしまい、混乱します。
そんなとき、私は園子という女性と出会いました。初めて女性に対して「美しい」と感じた私は、園子と文通をするようになります。
冒頭文紹介
『仮面の告白』は、以下の一文からはじまります。
永いあいだ、私は自分が生れたときの光景を見たことがあると言い張っていた。
主人公の私は、生まれた時に見た光景が美しかったことを覚えていると言います。このことから生まれた瞬間から「美」を感じ取る能力に長けていたことが分かります。
登場人物紹介
私
主人公。自身の性的指向に苦しむ。
近江(おうみ)
「私」の中学時代の同級生。私が思いを寄せた相手。
園子(そのこ)
「私」の友人の妹。私が初めて「美しい」と感じた女性。
『仮面の告白』の内容
この先、三島由紀夫『仮面の告白』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
同性愛の告白
私が惹かれるもの
主人公の私は、生まれた時に産湯(うぶゆ。生まれた子供を洗うためのお湯)を入れていた桶のふちに光が当たって、美しく輝いていたことを覚えていました。
周りの大人は、「生まれたての赤ちゃんは目が開いていない」「そもそも、お前が生まれたのは夜だ」と取り合ってくれません。
物語はその後、私が子供の頃に見た記憶に残っているものの記述が続いていきます。1つ目は、糞尿(ふんにょう)汲み取り人の若者です(当時はいわゆるぼっとんトイレが主流だったため)。
私は、糞尿を運ぶ彼の姿に釘付けになりました。そして「彼の股引(ももひき)になりたい」という欲求に襲われます。
2つ目はフランスの英雄・ジャンヌダルクです。私は、凛々しくて勇敢な彼に夢中でした。ところが、ある時ジャンヌダルクは「彼」ではなく「彼女」であることを知ります。私はその時、裏切られたようなショックを受けたのでした。
3つ目は汗です。軍隊の行列が家の前を通るとき、多くの少年たちは銃や軍服に憧れました。ところが私が惹かれたのは、彼らの汗の匂いでした。
「聖セバスチャン」との出会い
13歳の時、私は「聖(サン)セバスチャン」という絵と出会います。そこには、杭にたくましい腕をくくりつけられた美青年が描かれていました。
腰に布をゆるく巻いた、ほぼ全裸の青年の身体には矢が刺さっていて、彼は憂いに満ちた表情を浮かべています。私は、この絵を通して初めて官能的な悦びの存在を知ったのでした。
そして中学2年生にになってから、近江という男に出会います。近江は素行が悪い生徒で、筋肉質な体の持ち主でした。そして様々なエピソードを通して、近江に恋愛感情を抱きました。
近江に関する出来事で印象的だったのは、体育の時間に懸垂をしたことです。二の腕の筋肉の隆起から、私は目が離せませんでした。
しかし素行が悪かった近江は、退学処分になってしまい、主人公は近江との突然の別れを経験します。そんな時に思い出したのは、近江が懸垂をしているときの様子です。それは「聖セバスチャン」と重なりました。
園子
大学生になった私は、あるとき草野という友人の家に行きました。そこでは、草野の妹の園子がピアノを弾いていました。園子のスカートからは、脚が少しだけのぞいています。私はその美しさに感動しました。
これは、私が始めて女性を美しいと感じた瞬間です。そのあと私は、園子と親交を深めました。しかし戦時中だったため、園子は軽井沢に疎開し、私は工場で働くことを命じられます。
園子と私は、離れ離れになっても文通をしていました。園子は、「軽井沢に会いに来て欲しい」と言います。
私は、「女性と普通の恋愛ができるのかもしれない」と思い、軽井沢の園子の元に向かいました。私はそこで、園子にキスをしてみようと決めました。しかし、キスをしてみても私の心は全く動きませんでした。
終戦後、東京に戻った私の元に兄から手紙が届きます。「園子のことをどう思っているんだ?」という内容でした。主人公は、その手紙を見て思い悩みます。しかし、結局別れを告げることにしました。
揺れる心
その後、私は園子が結婚したということを知りました。私はそれを聞いて少し肩の荷が下りたような気持ちになりました。ところが、「それでは自分は男と女のどっちが好きなんだ?」とますます悩んでしまいます。
そしてそれから時は流れ、私は大学を卒業して官庁で働いていました。そんな時、街で園子と偶然再会します。園子のことを振ったはずでしたが、私は不思議と園子と話をしてみたいと思いました。
話は弾み、私は園子といる時間を楽しいと感じました。2人は密会を重ねるようになります。しかし、園子は仮にも人妻です。園子の夫への罪悪感は日に日に膨らんでいきました。そして遂に、園子は「はっきりしてほしい」と私に告げます。
「帰るまで、あと30分」と園子は告げます。私の心はまだ揺れています。気分を変えようと、私は園子をダンスホールに連れて行きました。そして裏庭のベンチに座ったとき、私の目にはあるものが飛び込んできます。
それは浅黒い半裸の若者でした。筋肉によって凹凸(おうとつ)のある立派な身体の持ち主です。そして次の瞬間、私は彼から目が離せなくなりました。彼の腕には、牡丹(ぼたん)の刺青が入っていたのです。
もう園子のことは頭にありませんでした。私は、彼が刀で腹を刺されて、血まみれの死体となって運ばれることを想像しました。
「あと5分」という園子の声に、私は振り返ります。園子は、「女性経験はあるのか」と問いかけました。私はとっさに「去年の春」と嘘をつきました。園子は腕時計を見ます。帰る時間になったのです。
私は若者の方を振り返りました。しかしそこには誰もおらず、こぼれた飲み物だけがぎらぎらと光りました。
『仮面の告白』の解説
昭和とLGBT
今よりLGBTへの理解が無かった時代に発表されたので、三島は勇気を振り絞ってこの小説を書いたのではないかと思います。
タイトルの「仮面」という単語は、万一作品を批判されても「仮面(嘘)の告白ですよ。本気にしないでくださいね」と言えるように、予防線として用いられたのかと考えたりします。
主人公は、園子と交流を深めるうちに「もしかしたら、女を好きになることができるのかもしれない」と考えていることから、自分の性的指向が男に向いていることに後ろめたさを感じていることがわかります。
しかし、ラストではやはり主人公は屈強な男性に惹かれています。それを否定していないところに、同性愛を許容するメッセージが込められているのではないかと思いました。
『仮面の告白』の感想
血・死・筋肉
三島を理解するためのキーワードは、血・死・筋肉質な肉体です。小説の中の主人公が強く惹かれたのは、ギリシャ彫刻でよく描かれるような強靭な肉体を持つ青年が、矢で射られて血を流して苦しんでいる絵です。
またそれは、体格の良い近江が顔を歪めながら懸垂をしている様子と重なります。つまり、筆者の三島が惹かれるのは、屈強な身体を持つ男性が苦しんでいる場面なのです。
それを思わせるのは、三島の割腹です。私は、なぜ三島は自分で腹を切ることができたのかずっと不思議に思っていました。
話題性のためや、果たせなかった政治的な目的を死後進めさせるためなどいろいろな理由が考えられますが、それではどうしても納得できませんでした。
しかし、三島の文学に触れてみて、三島の嗜好(血・死・筋肉質な肉体)と割腹が一致していたからなのだと理解できました。写真を見ればすぐに分かりますが、三島は鍛え上げられた肉体の持ち主です。彼は、悦びを感じながら自分の腹を切ったかなと思いました。
『仮面の告白』の朗読音声
『仮面の告白』の朗読音声は、YouTubeで聴くことができます。
『仮面の告白』の名言
最後の一文です。園子に答えを出したとき、主人公が惹かれた男がいた場所の描写です。こぼれているものが液体であり、かつ「きらきら」ではなく「ぎらぎら」という言葉が用いてられており、この文からは「乱暴な官能」のようなものが伝わってきます。
これは、主人公が男性に魅力を感じていることを証明する一文だと思います。
最後に
今回は、三島由紀夫『仮面の告白』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。
三島は右翼的な活動をしていたので「怖い人」という印象を持たれがちです。しかし、「楯の会」の特徴的な制服に身を包んだ三島が、自衛隊の前で堂々と演説をするところはとてもかっこいいです。
屈強そうな見た目とは裏腹に繊細な文章を書く人なので、ぜひ三島の作品を読んでみて下さい!