女装して外出したり、昔の女の隠された素性を知ろうとしたり、さまざまな秘め事が登場する『秘密』。
今回は、谷崎潤一郎『秘密』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『秘密』の作品概要
著者 | 谷崎潤一郎(たにざき じゅんいちろう) |
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発表年 | 1911年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | ー |
普通の刺激に物足りなさを感じた主人公が、女装して町に繰り出したり、再会したかつての恋人と会う様子が描かれます。「1枚1円」という、当時の新人作家の中では優遇された原稿料(通常は80銭程度)で執筆された作品です。
著者:谷崎潤一郎について
- 耽美派作家
- 奥さんを友人に譲るという事件を引き起こす
- 大の美食家
- 生涯で40回の引っ越しをした引っ越し魔
反道徳的なことでも、美のためなら表現するという「唯美主義」の立場を取る耽美派の作家です。社会から外れた作品を書いたので、「悪魔」と評されたこともありました。
しかし、漢文や古文、関西弁を操ったり、技巧的な形式の作品を執筆したりして、今では日本を代表する作家として評価されています。谷崎潤一郎については、以下の記事をご参照ください。
『秘密』のあらすじ
普通の刺激に飽きてしまった主人公は、あらゆる遊びをし尽くしますが、なかなか満たされません。そんなとき、主人公は女性物の美しい着物を見つけます。そして女装をすることに面白さを見出すようになりました。
その後、主人公はかつて関係があった女性と再会し、そのミステリアスな雰囲気に惹かれていきます。
登場人物紹介
私
主人公。刺激を求めて様々なことに手を出す。
T女
数年前、主人公と関係を持っていた女。主人公に捨てられるように別れた。
『秘密』の内容
この先、谷崎潤一郎『秘密』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
隠されると、暴きたくなる
刺激
主人公の私は、複雑な人間関係や社会での生活に疲れ、世間からは離れて暮らそうと決意します。彼は、浅草のある寺のひと間を借りました。
そのころの主人公は、普通の娯楽には心を躍らせなくなっていました。刺激の強いもの、不思議なもの、奇怪なものを求めます。
そして、思えば子供のときから、宝探しやかくれんぼなどの「秘密」が好きだったと考えました。
着物との出会い
刺激を求める主人公は、コナン・ドイルの小説やアラビアンナイト、地獄絵図を見たり、香を焚(た)いたりしました。
そして夜の9時ごろ、主人公は散歩に出かけます。そして、古着屋で女物の美しい着物を見つけます。主人公は、それを着たくてたまらなくなりました。
藍色の生地に、大小さまざまなあられの模様を散らした、しっとりとした冷たいあの着物をまとうことを考えただけで、主人公は身震いします。そしてそれを購入し、家に持ち帰りました。
家に帰った主人公は、化粧を始めます。そして夜が更けたころ、再び夜道を歩きます。通行人は誰1人、主人公が男であることに気づきません。骨盤や肋骨を締め付けている帯の存在を意識し、主人公はだんだん自分が女になっていくのを感じました。
女になって歩いた夜の街は、何もかもが新鮮で奇妙です。そのうち、主人公は女装したまま平気で人ごみの中を歩くようになりました。
T女の秘密
ある晩、主人公はオペラ劇場でかつて関係のあったT女と遭遇します。彼女が、素人か水商売かは知りませんでしたが、主人公は飽きてしまったのでそのT女を捨てたのでした。彼女は痩せて美しくなり、主人公は女として彼女に負けたことを認めます。
そして、今度は男としてT女に勝ちたいと考えた主人公は、「またお付き合いしませんか?」という走り書きを彼女のたもとに投げ込みました。
彼女はそれを承諾しましたが、「家を知られたくないので、明日の夜9時から9時半の間に雷門で待っていて下さい」と言いました。翌日、雷門に現れた人力車に乗った主人公は、車夫(人力車を引く人)に目隠しをさせられます。
車夫は、主人公に方向を悟られないようにするために2~3回まわって、走り出します。家に着いて部屋に入ると、T女はようやく目隠しを外してくれました。
それから、主人公は定期的にT女の家に行くようになります。そして、女の家はどこにあるのだろう?と興味を持ち始めます。主人公はT女に「目隠しをとって欲しい」と頼みますが、彼女は決して許しません。
しかし、主人公はこりずに頼み続けると、「ちょっとですよ」と言って目隠しを外してくれました。主人公は、そこがどこなのか分かりません。近くの印形屋の住所を見ようとして、主人公はまた目隠しをさせられます。
「もうこれ以上、私の素性を知ろうとしないでください」と女は言いますが、主人公は気になって仕方がありません。
ある朝、主人公は雷門の前に立って、目をつぶりながら人力車で揺られる感覚を思い出して進みます。
そして目ひらくと、目の前にはあの印形屋があります。そして建物の2階から、死人のような顔をしてこちらを見下ろすT女を見つけます。彼女は、芳野という家の未亡人だったのです。
T女の正体を知った主人公は、彼女を捨てました。そして、秘密なんて生ぬるいものではなく、もっと強い刺激を求めて、田端に引っ越すのでした。
『秘密』の解説
谷崎と「遊び」
谷崎は、「遊び」を小説に書くことが多い作家です。『少年』では、小学生の子供たちがおかしな遊びにはまっていく様子が描かれます。加えて、『小さな王国』では、小学校の教師が自分たちの間だけ流通するお金を使って物を売買する生徒に加わろうとます。
『秘密』にも、映画館でたまたま再会した男女が、手紙を他人にバレないように交換し合ったり、男が女装をしたり、男が目隠しをして車に乗せられたりと、遊びの要素が盛り込まれています。
では、なぜ谷崎は遊びを描いたのでしょうか?遊びは、普通の生活とは切り離される非日常的なものです。
(例えば、「お母さんごっこ」では幼稚園児でも母親になれますし、「ヒーローごっこ」では、特別な力が無くても誰でもヒーローになれます。日常のルールが通用しない非現実的なことでもなんでもOKな「遊び」は、日常とは相容れないものなのです)。
この、日常とは異なる幻想的な「遊び」に魅了された谷崎は、生涯を通してゲームや遊びを小説に書き込んだのです。
また、谷崎の遊びと資本主義の関係も論じられています。例えば『痴人の愛』『細雪(ささめゆき)』などでも、遊びの中心となる人物はお金持ちです。
『秘密』に登場する男にも、働かなくても好きなことをして生きていられるくらいのお金があることが示されています。
ここに、谷崎が遊びの条件として「経済的に豊かであること」を挙げている事が分かります。谷崎は、遊びを描くことで資本主義社会を批判したのです。
柴田勝二「騒擾と闇の間 ―谷崎潤一郎作品における遊戯性と『秘密』」(東京外国語大学論集 2018年12月)
『秘密』の感想
『秘密』の魅力
女装をしていること自体を「秘密」と捉えるのではなく、女の顔の下に男を隠していることを「秘密」だとするのが、面白いと感じました。
この小説では、秘密の特性が語られているように思います。秘密を知るまでは、謎のベールに包まれているため、その向こう側が気になって仕方がなくなりますが、知ったとたんに興味が失せてしまうのです。
また、「ヒントを与えたら絶対にバレる」というのも、教訓として持っておこうと思いました。
最後に、主人公が刺激を求めて田端に行くのも面白いです。初めて読んだとき、「なぜ田端なんだ!」と思いました。田端にそんなにディープな魅力があることを知らなかったので、今度当時の様子を調べてみようと思いました。
女の正体
女の正体は、金持ちの未亡人です。金持ちの未亡人だったから興味を失ったのではありません。T女はそれまで、「どこに住んでいるのか、どんな人なのか分からない」という秘密のベールをまとっていました。
上海に行く途中の船の中で出会ったり、オペラ劇場で再会したりと、非日常的な場面で2人は会っています。その非日常な雰囲気とT女のイメージが重なって、主人公には余計にT女の正体が夢の中のような人に感じられたのではないかと思いました。
そのベールが引きはがされ、主人公はT女の身の上を知ってしまいました。T女の魅力の1つだった「ミステリアスさ」が失われたので、主人公は冷めてしまったのです。
また、なぜ主人公は女の家を探すときに地図を使わなかったのか疑問に思いました。印型屋という分かりやすい目印があるため、地図を使えば簡単に女の家の位置が分かりそうだからです。
主人公は、目をつむりながら歩き、女の家を探し当てるという優れた感覚を持っているので、それも含めて考えたいと思いました。
『秘密』の朗読音声
『秘密』の朗読音声は、YouTubeで聴くことができます。
https://youtu.be/BsAAaE4kxsc
『秘密』の論文
『秘密』の論文は、以下のリンクから検索できます。
最後に
今回は、谷崎潤一郎『秘密』のあらすじと感想をご紹介しました。
『秘密』というタイトルということで、煙に巻かれるというか、確信になかなか近づけなくて全体的にふわふわしている不思議な小説です。青空文庫にもあるので、ぜひ読んでみて下さい!
↑Kindle版は無料¥0で読むことができます。