「人殺しを見に行こう」という衝撃の誘いから始まる『白昼鬼語(はくちゅうきご)』。
今回は、谷崎潤一郎『白昼鬼語』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『白昼鬼語』の作品概要
著者 | 谷崎潤一郎(たにざき じゅんいちろう) |
---|---|
発表年 | 1918年 |
発表形態 | 新聞掲載 |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | 探偵小説 |
1910年代の後半、芥川龍之介や佐藤春夫、谷崎潤一郎らによって、探偵小説・怪奇小説が盛んに発表されました。『白昼鬼語』も、その流れで書かれたものです。人殺しを目撃した男が、殺される側に目覚めていく過程が描かれます。
著者:谷崎潤一郎について
- 耽美派作家
- 奥さんを友人に譲るという事件を引き起こす
- 大の美食家
- 生涯で40回の引っ越しをした引っ越し魔
反道徳的なことでも、美のためなら表現するという「唯美主義」の立場を取る耽美派の作家です。社会から外れた作品を書いたので、「悪魔」と評されたこともありました。
しかし、漢文や古文、関西弁を操ったり、技巧的な形式の作品を執筆したりして、今では日本を代表する作家として評価されています。谷崎潤一郎については、以下の記事をご参照ください。
『白昼鬼語』のあらすじ
探偵小説が好きな園村に誘われて、「私」は人殺しの現場を見に行くことになりました。暗号を解いて一軒の家を見つけ、中を覗いた2人は、凄惨な現場を見て驚愕する。
登場人物紹介
私
小説家の主人公。園村の唯一の友人。
園村
金持ちの息子でニート。刺激を求め、探偵小説を読みあさる。
女
芸者風の女。園村が惚れる美貌の持ち主。
角刈りの男
18~19歳くらいの青年。女と行動を共にする。
『白昼鬼語』の内容
この先、谷崎潤一郎『白昼鬼語』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
だましたい女、殺されたい男
変な3人組
主人公「私」の友人・園村は、お金持ちの息子です。仕事をせず、毎日遊んで過ごしていましたが、最近は探偵小説ばかりを読んで妄想にふけっています。
そんなあるとき、主人公は園村から「今から急いで僕のところへ来てくれ」と連絡を受けます。理由を聞くと、「人殺しが行われるから、君と一緒に見に行きたい」というのです。
驚いた主人公が、「誰が誰を殺すんだ?」と聞くと、園村は「分からない。君が付いてきてくれたら心強いんだ」と答えます。主人公はしぶしぶ承知しました。
16時ぴったり、主人公は園村と会い、殺人が行われることを知った経緯をたずねました。すると園村は、おととい映画を観に行ったときに、おかしな3人組を見たのだと言います。
右に女、真ん中に男、左に角刈りの男が座っていました。女と角刈りの男は、真ん中の男にバレないように、椅子の後ろで合図を送っています。
女は、角刈りの手の甲に「クスリハイラヌ、ヒモガイイ(薬はいらぬ、ひもがいい)」と書きます。角刈りが女の手の甲に、「イツガイイカ(いつがいいか)」と書くと、女は「二サンニチウチニ(2~3日のうちに)」と書きました。
さらに園村は、彼らが落としていった暗号の紙を読み解き、「明後日の午前1時36分、向島の水神で、女と角刈りの男が真ん中の男を絞め殺す」と推測したのでした。
殺人
2人はさっそく水神に向かい、暗号に書かれていた「一片の鱗」のしるしを探します。しかし、いくら探してもしるしは見つかりませんでした。20時半ごろ、2人は何の収穫もないまま、それぞれの家に帰りました。
深夜0時50分、主人公は家のドアをたたく音で目を覚まします。そこには、興奮した様子の園村がいました。そして「水天宮の北側で鱗のしるしを見つけたんだ!」と言いました。2人は急いで水天宮に向かいます。
主人公は園村に導かれ、小さな家にたどり着きました。壁に空いている穴から中をのぞくと、芸者風の女が壁に背を向けて座っています。その向かいには、18~19歳くらいの角刈りの青年が立っていました。
角刈りは、女の胸から膝のあたりをじっと見ています。女は、膝にのせている黒い何かをいじっています。「男の頭か?」と主人公が思った瞬間、重いものを引きずるような地響きがしました。
首に赤いひもを巻かれた男の頭が、女の膝から転がり落ちます。男は目を見開いていたので、死んでいるように見えました。
そして女と角刈りは、死体をたらいの中に入れ、何か薬をかけました。角刈りは「こうしておけば、明日の朝までには溶けてしまうでしょう」と言いました。
園村と女
殺人を見たあと、園村は女について考えます。そして「芸者風だけど、暗号を見る限り英語ができるようだ。そして彼女は、あの松村子爵を殺した犯人なのではないか?」と推測します。
松村子爵は、2か月前に行方不明になった女性です。彼女は亡くなる前、貴族風の若い女と一緒にいるところを目撃されています。園村は、その貴族風の女こそ先ほどの女なのではないかと考えたのです。
そして園村は、恐るべき殺人鬼であると同時に、美しい魔女である女に近づきたいと言いました。
数日後、主人公が園村の家に行くと、そこにはあの芸者風の女がいました。なんと園村は、殺人があった夜以来、水天宮の周りを歩いて彼女と接触しようとしていたのでした。
それだけでなく、あの角刈りとも親しくしていたのです。危険を感じた主人公は、園村に何度も忠告しますが、園村は聞きません。怒った主人公は、園村との絶交を宣言しました。
それから1か月後、主人公は園村から手紙をもらいます。そこには、「僕はたぶん今夜、彼女に殺される。0時50分に例の場所に来て、僕の最後を看取ってほしい」と書いてありました。その夜、園村は前に見たのと同じ方法で殺されました。
真相
園村の死から2日後、主人公は「園村の書斎にある金を取りに来い」という旨の手紙を受け取ります。主人公が園村の家に行くと、例の女と角刈り、元気な園村が出てきました。「だましたな!」と怒る主人公に、園村はわけを説明します。
実は、角刈りは前に園村の屋敷に仕えていた青年だったのです。そして、女は元女優の不良で、角刈りとは知り合いです。角刈りは、変わったことが好きな園村と不良少女を引き合わせようとしたのです。映画館や水天宮の出来事は、すべて演技だったのでした。
早々に事実を知った園村は、そこまでして男をだます異常な女に惹かれていきます。そして園村は、女に「俺を殺してくれ」と頼みます。女はそれを拒否しましたが、園村は「じゃあ殺す真似でもいいから」と引き下がりません。
そういうわけで、その嘘の死に際を主人公に見せるために、女と角刈りと園村は演技をしたのでした。園村は「君に見られることで、本当に殺されている気分を味わいたかった。彼女が承知してくれれば、僕はいつでも本当に死んでみせる」と言いました。
『白昼鬼語』の解説
蛇と女
そのなまめかしさとしなやかさとは体中に曲線のあらゆる部分に行き渡っていて、何か斯う、蛇がするするとのた打ってでもいるかのやうな波が這っている。(中略)(女の腕には)ルビーの眼を持った黄金の蛇の腕輪が、大理石のやうな肉の柱にとぐろを巻いて、二重に絡みついていた
このように、『白昼鬼語』に登場する女は、蛇に例えられます。それはなぜなのでしょうか?
それは、西洋の蛇のイメージが関係しています。西洋では、蛇はギリシャ神話に登場する「メドゥーサ」と紐づけられ、男性を誘惑して、破滅に導く邪悪な女性の象徴として使われました。
そのため、殺された(ふりをした)男や、園村を魅了した女には蛇のイメージが付けられたのです。
石割透「谷崎潤一郎「白昼鬼語」 : 虚と実のアラベスク」(日本文学 1997年)
『白昼鬼語』の感想
期待を裏切らない谷崎
「人殺しを見に行こう」と園村が誘うのが、猟奇的でした。正常な主人公と、ちょっと気が狂ってる園村の組み合わせも面白かったです。改めて、殺人と狂気の親和性を感じました。
また、谷崎は何を書いても作品を自分色に染めてしまうのだなと思いました。園村が死に、自業自得というラストなのかと思いきや、すべては嘘という結末でした。
夢オチみたいな感覚で、「なんだ、これで終わりか」と落胆したのですが、それで終わらないのが谷崎です。
狂った園村は、男をだますことに注力する女に惚れこみ、自分もその犠牲になりたいと思ったのでした。しかも、一連の演技のおかげで、園村の中で女は「美人殺人鬼」に仕立て上げています。
そのため、園村は「女に殺されたい」と願うようになりました。この変態的な欲望は、本当に谷崎らしくて読んでいて感動しました。「下げて、上げる」戦略で読者の心をつかみに来る作品です。
最後に
今回は、谷崎潤一郎『白昼鬼語』のあらすじと感想をご紹介しました。
普通の推理小説かと思いきや、「やっぱりそうなるのか~」と谷崎色が前面に出ている小説でした。谷崎が好きな人も、まだあまり読んだことない人も楽しめる作品なので、ぜひ読んでみて下さい!