高校生の南の島での静かな恋が描かれた『Crystal Silence』。
今回は、山田詠美『Crystal Silence』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『Crystal Silence』の作品概要
著者 | 山田詠美(やまだ えいみ) |
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発表年 | 1989年 |
発表形態 | 単行本 |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | 大人な恋愛 |
『Crystal Silence』は、1989年に新潮社から刊行された山田詠美の短編小説です。
著者:山田詠美について
- 1959年東京生まれ
- 『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で直木賞受賞
- 『ジェシーの背骨』が芥川賞候補になる
- 数々の作家に影響を与えている
山田詠美は、1959年生まれ東京都出身の小説家です。『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で第97回直木賞受賞しました。また『ジェシーの背骨』は、受賞こそ逃したものの第95回芥川賞候補になりました。
多くの作家に影響を与えており、『コンビニ人間』『しろいろの街の、その骨の体温の』で知られる村田沙耶香は、「人生で一番読み返した本は、山田詠美『風葬の教室』」と語っています。
『Crystal Silence』のあらすじ
登場人物紹介
私
主人公の高校生。同級生から浮いているマリに惹かれている。
マリ
14歳のときに酒と煙草と男性の味を覚えた早熟な少女。
『Crystal Silence』の内容
この先、山田詠美『Crystal Silence』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
五感を使った恋
率直な少女マリ
夏休み、私は仲良しの女の子たちとプールに行った帰りにお茶をしていました。そのとき、テーブルの隙間を通ってマリがやってきます。
陽に灼けたマリは友人に夏休みに何をしていたか聞かれると、祖母の家がある沖縄のはずれの島で男の子に恋をしていたと言いました。
そして注文を取りに来たウェイトレスにジントニックを頼んだマリに、女の子たちは「恋をすると、ずい分、大人っぽい飲み物を飲むようになるのね」と皮肉っぽく言いました。
「恋をすると喉が渇くのよ。まあ、黄色い声をあげてるような恋しか出来なような人には解らないと思うけどね」「何が恋よ。よくそんなくさいこと言えるよね」「やめなよ。せっかくひさしぶりに会ったのに」
そう言って仲裁に入る私が、マリに好意を持っていることにマリは気づいているようでした。マリは私に「後で話さない。私、この子たち好きじゃないの」と言いました。
ジントニックの味
その後、私とマリは赤坂のホテルのロビーで待ち合わせました。マリはそこでもジントニックを頼みます。そして、私に沖縄でした恋のことを話して聞かせました。
マリが沖縄で出会ったその男の子は耳が聴こえず、口もきけなかったと言います。私はどのように自分のことを伝えたのかマリに問うと、マリは「彼は耳が聴こえなかったわ。でも、私の息を吹きかければ、私が何を望んでいるのかがすぐに解るような耳だった」と言いました。
そして島の暑さに慣れて普段汗をかかない彼が、マリと寝たときだけ汗に濡れていたと聞き、私は男にとって好きな女の子が流させた汗はどんな意味を持つのだろうかとぼんやり考えます。
マリのジントニックを一口飲んだ私は顔をしかめました。ジントニックは、彼が夕暮れに作ってくれた島のお酒と似た味がするのだとマリは言います。
そして「あの島で色々なもの味わったわ。でも一番おいしかったのって、彼の私に向けられたあの視線だったわ」と言って、夏の思い出のジントニックを大切にすするのでした。
『Crystal Silence』の解説
音を補うもの
『Crystal Silence』=「結晶のような静けさ、沈黙」というタイトルに示されているように、言葉や音楽の力を借りないロマンスが描かれています。
そしてそうしたものを介さない意思疎通を助けるものに、共感覚(ある1つの刺激に対して、通常の感覚だけでなく異なる種類の感覚が生じる知覚現象。音に色を感じたり、味に形を感じたりするなど)があると考えます。
音のないものの音が、聴こえる瞬間て、恋をしているとあるものなのよ
波の音や風の音が自分の気分の動きによって色を変えるのよ
一番、おいしかったのって、彼の私に向けられたあの視線だったわ
男の子は耳が聴こえず、口もきけませんが、息を吹きかければマリが何を望んでいるかすぐに解かる耳を持っています。言葉を介さないからこそ感覚だけを頼りになるのです。
下手に会話を挿入するよりも、彼がうにをマリの指と一緒に食べたり、砂糖きびの汁をお互いの舌で味わったりする描写によって、より官能を感じることができると言えます。
『Crystal Silence』の感想
ドロドロの感情
山田詠美の作品に登場する女性は、外見や常識にとらわれずに美しさを正しく感じる能力があり、マリとマリに「美しいものを知る才能のある女の子」と認められた主人公もそうした審美眼の持ち主です。
マリは山田詠美作品に登場する女性の特徴を備えており、男性経験を持ち酒や煙草の味を知っています。
そしてグループを成して群れたり子供っぽい男女交際に一喜一憂する一般的な女の子と距離を取っていますが、そうした女の子と距離を取りっぱなしにするのではなく歩み寄る点で他の作品の女性を異なると思いました。
主人公が仲良くする女の子とたちとマリの間にはピリピリした雰囲気があります。しかし、女の子たちはマリをプールに誘い、マリもプールに入らないもののティールームには顔を出しました。
マリは「私、嫌いよ、あの娘たち。でも適当に仲良くしておかないと、学校での生活、少し不便になるでしょ」と主人公に話しており、孤立するリスクを回避するために渋々付き合っている打算的なところがあります。
一方で女の子たちも、マリをあまりよく思っていないのに遊びに誘う心理として、悔しくも大人びたマリの魅力を理解した上で、マリをアクセサリー感覚で側に置くことで自分たちの見え方を良くしたい、価値を上げたい、というものが根底にあるのではないかと感じました。
こうした女子の面倒臭さ、可愛らしいだけではない負の部分を描くことで、よりリアルな等身大の少女が浮かび上がり同世代の女性読者の共感を得るのではないかと感じました。
最後に
今回は、山田詠美『Crystal Silence』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。
ぜひ読んでみて下さい!