『猫と庄造と二人のおんな』は、ある男の元妻と浮気相手が猫に嫉妬して破滅するという、前代未聞の物語です。
今回は、谷崎潤一郎『猫と庄造と二人のおんな』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『猫と庄造と二人のおんな』の作品概要
著者 | 谷崎潤一郎(たにざき じゅんいちろう) |
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発表年 | 1936年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 長編小説 |
テーマ | 嫉妬 |
猫のリリーを中心に、リリーを溺愛する男と2人の女の関係が描かれます。谷崎の大仕事である『源氏物語』の翻訳中に、例外的に執筆された作品です。映画化、ドラマ化されました。
著者:谷崎潤一郎について
- 耽美派作家
- 奥さんを友人に譲るという事件を引き起こす
- 大の美食家
- 生涯で40回の引っ越しをした引っ越し魔
反道徳的なことでも、美のためなら表現するという「唯美主義」の立場を取る耽美派の作家です。社会から外れた作品を書いたので、「悪魔」と評されたこともありました。
しかし、漢文や古文、関西弁を操ったり、技巧的な形式の作品を執筆したりして、今では日本を代表する作家として評価されています。谷崎潤一郎については、以下の記事をご参照ください。
『猫と庄造と二人のおんな』のあらすじ
庄造は、元妻の品子と別れ、今は福子という女性と暮らしています。福子は、飼い猫のリリーを異常なまでに可愛がる肖像を持て余していました。
一方で、庄造への未練を捨てきれない品子は、リリーを引き取って庄造とよりを戻そうとたくらみます。こうして、リリーを中心に庄造・品子・福子は策略をめぐらせます。
登場人物紹介
リリー
庄造が溺愛しているメス猫。
庄造(しょうぞう)
意思のない男。母・おりんのいいなりになる。
福子(ふくこ)
庄造の元浮気相手で、現妻。庄造のいとこ。夫を奪ったリリーに嫉妬している。
品子(しなこ)
庄造の前妻。姑のおりんに追い出された。
おりん
庄造の母親。相性の悪かった品子を追い出した。
『猫と庄造と二人のおんな』の内容
この先、谷崎潤一郎『猫と庄造と二人のおんな』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
猫に嫉妬する二人のおんな
庄造とリリー
ある時、庄造の妻・福子のもとに、庄造の元妻・品子から手紙が届きます。その手紙には「猫のリリーがほしい」と書かれていました。
福子がふと庄造を見ると、庄造はリリーと楽しそうに遊んでいます。庄造は、小あじを上下に動かしてリリーの反応を楽しみ、ほとんど口移しにするように食べさせています。
そんな様子を見た福子は、「その猫、品子さんに譲ったげなさい」と言います。福子は、庄造がリリーの姿が見えないと慌てたり、リリーが布団に入ってきたりすることに嫌気がさしていたのでした。
捨てられたリリー
庄造がここまでリリーを溺愛していることには、理由があります。数年前、庄造はリリーをよそにやったことがあります。しかし、リリーは庄造に会いたい一心からか、尼ヶ崎~蘆屋(徒歩2時間くらい)の距離を歩いて、ぼろぼろになって帰って来たのでした。
それ以来、庄造はリリーにペット以上の特別な感情を抱くようになります。ところが、福子に迫られた庄造は、リリーを品子にやることを決めてしまいます。庄造は、面倒な争いは避けるタイプなので、福子の言いなりになったのでした。
品子のたくらみ
そしてリリーは、品子の所にやって来ました。ところが、リリーは全く品子になつかないので、品子は困ってしまいます。
一方で、福子は「品子は庄造を奪い返すために、リリーを手元に置いたのでは?」と疑い始めます。庄造は、リリーのことが気になってそわそわしています。
そして、庄造は品子の留守を狙って、品子の家を訪れます。品子の妹に見張りを頼み、庄造はリリーとの再会を楽しみました。
そんなとき、品子の妹に「姉さん、もうそこの角まで来てまっせ」と言われたので、庄造は一目散に逃げていきました。
『猫と庄造と二人のおんな』の解説
『源氏物語』との関わり
谷崎潤一郎は、生涯で3回『源氏物語』の現代語訳を出版しました。翻訳をしていた4年間、谷崎は翻訳に集中するために、他の仕事をすべて断っていました。
そんな中、例外的に書かれた小説が『猫と庄造と二人のおんな』です。『源氏物語』の翻訳中に書かれたということで、この作品には『源氏物語』の影響が見られます。
例えば『源氏物語』「帚木(ははきぎ)」の巻では、役職がぱっとしない男が、やきもち焼きですぐ怒る女と、浮気癖のある女とかかわる様子が描かれます。これは、庄造・品子・福子の人物像と似ています。
また、『猫と庄造と二人のおんな』は、逆に『源氏物語』の谷崎訳にも影響を及ぼしています。
例えば『源氏物語』「若菜下」の巻には、柏木(かしわぎ)という男が描かれます。柏木は、ひそかに恋をする女三宮(おんなさんのみや)という女性が飼っている猫を欲しがりました。
女三宮の猫を手に入れた柏木は、彼女の代わりにその猫を自分の布団に入れて、一緒に寝ます。その柏木の異常なまでに猫を溺(でき)愛する様子は、庄造がリリーを人間の女性のように扱うのとすごく似ています。
さらに、庄造はリリーの鳴き声に官能的なものを感じます。同時に、谷崎は『源氏物語』の柏木が猫と寝るシーンで、猫の鳴き声を強調して訳しました。
このことから、『猫と庄造と二人のおんな』の「鳴き声と官能」というモチーフは、『源氏物語』の谷崎訳にも関わっている事が分かります。
このように、『猫と庄造と二人のおんな』は『源氏物語』から影響を受けているだけでなく、谷崎が手掛けていた『源氏物語』の訳にもつながっているのです。
大津直子「谷崎潤一郎『猫と庄造と二人のをんな』論:――『源氏物語』の翻訳体験との交渉をめぐって――」(日本近代文学 2005年)
『猫と庄造と二人のおんな』の感想
谷崎と関西弁
「そんなこと、覚えてエへん」「わてちゃんと数えててん」「それが悪かったのんかいな」「何で悪い言うこと、分ってなはんのんか」……『猫と庄造と二人のおんな』は、このようなコテコテの関西弁が飛び交う作品です。
しかし、谷崎は関西出身ではありません。谷崎は、東京の下町で生まれ、成人してもしばらく関東で暮らしました。しかし、地震嫌いな谷崎は、関東大震災を経験した後、ほとぼりが冷めるまで関西に移住します。
最初は関西の文化や人を嫌っていましたが、慣れるとその魅力の虜(とりこ)になってしまい、ついに亡くなるまで東京に戻ることはありませんでした。関西が大好きな谷崎は、移住を機にそこを舞台にした小説や、関西弁を積極的に取り入れた作品を多く書いたのです。
出身者ではないのに、ここまで完璧に方言を使うことができるのは、さすがとしか言いようがありません。
本作は、谷崎作品の中でも一二を争うくらいハイレベルな関西弁が使われています。最初の方は読むのには時間がかかったのですが、慣れてくるとスラスラ読めるようになって楽しかったです。
きっと、これが標準語で書かれていたら、また全く別の表情を持つ作品になっていたでしょう。関西弁でなかったら、独特の会話のリズムや、人物同士の親近感は生まれなかったと思うからです。方言の魅力や、作品への影響力を実感した小説です!
その後の予想
小説は、「庄造が品子の留守を狙ってリリーと再会し、品子が帰ってきたのを知って庄造が逃げ出す」というところで終わります。
庄造は、品子の妹に「今回だけ」と言いましたが、おそらくこの後も通い続けるでしょう。そして、それはいずれ品子にバレるので、品子はおもわく通り庄造を取り返したことになります。
そのため、庄造と品子はまたよりを戻して、福子に隠れて密会を重ねるのでは?と思いました。
最後に
今回は、谷崎潤一郎『猫と庄造と二人のおんな』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。
タイトルをよく見ると、この小説の中の上下関係順に並んでいる事が分かります。つまり、1番地位が高いのは猫のリリーです。猫を飼っている人には共感ポイントが多い作品なので、ぜひ読んでみて下さい!