『刺青』は、「いれずみ」ではなく「しせい」と読みます。美=強いという谷崎の意識がよく表れている作品となっています。
今回は、谷崎潤一郎『刺青』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『刺青』の作品概要
著者 | 谷崎潤一郎(たにざき じゅんいちろう) |
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発表年 | 1910年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | 愚(フェティシズム、マゾヒズム) |
谷崎潤一郎の処女作で、1984年には映画化されている名作です。新潮社から出ている谷崎潤一郎『刺青・秘密』という文庫には、『少年』『幇間(ほうかん)』等の初期作品を中心に7作品が収録されています。注釈が詳しいのでおすすめです。
著者:谷崎潤一郎について
- 耽美派作家
- 奥さんを友人に譲るという事件を引き起こす
- 大の美食家
- 生涯で40回の引っ越しをした引っ越し魔
反道徳的なことでも、美のためなら表現するという「唯美主義」の立場を取る耽美派の作家です。社会から外れた作品を書いたので、「悪魔」と評されたこともありました。
しかし、漢文や古文、関西弁を操ったり、技巧的な形式の作品を執筆したりして、今では日本を代表する作家として評価されています。谷崎潤一郎については、以下の記事をご参照ください。
『刺青』のあらすじ
江戸の文化が残っている時代。清吉という腕利きの彫り師は、「自身が認める美女に刺青を入れたい」という願望を抱いていました。あるとき清吉は、籠から出ているある娘の脚を見て「あの娘こそが求めている美女だ」と確信します。
数年後、その娘と再会した清吉は、娘に麻酔をかけて眠らせ、その間に刺青を入れるのでした。
登場人物紹介
清吉(せいきち)
著名な彫り師。自分が認めた美女に刺青を彫りたいという夢を抱いている。
娘
清吉が通っている芸者の妹分。清吉が憧れる美脚の持ち主。
『刺青』の内容
この先、谷崎潤一郎『刺青』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
サド彫り師の夢
清吉の夢
時代は、明治維新前の日本。刺青の全盛期に、清吉という若い彫り物師がいました。清吉は刺青の名手で、刺青会で好評となる刺青の多くは彼の手によるものでした。
しかし、清吉は誰にでも彫ってやるわけではありません。清吉は自身の心を惹きつける皮膚と骨組みを持っている人間でなければ、刺青を入れてやりませんでした。また、清吉はサディストなので、彫っている最中の客の痛みに歪んだ顔を眺めることを喜びとしました。
そんな清吉には長年の夢がありました。それは、いつか絶世の美女に刺青を彫ることです。しかしなかなか清吉の理想にあった美女はあらわれません。江戸中の遊郭に名を響かせた女を調べ挙げても、清吉が惹かれる女性は現れませんでした。
ある夏の夕べ、清吉は籠(今で言う車)ののれんから女の素足がのぞいているのを見かけます。清吉は、「この足の持ち主こそが長年探し求めていた美女だ」と直感して、籠を追いかけます。しかし、しばらくして見失ってしまいました。
女との再会
それから数年が過ぎたある日、清吉のなじみの芸者の妹分が清吉の家にやってきました。まだ16~17歳ぐらいの若い娘ですが、男を狂わせるような怪しい色気をまとっています。清吉は、彼女が以前見た美しい脚の持ち主だと思いました。
清吉は「丁度足かけ五年、己はお前を待っていた。顔を見るのは初めてだが、お前の脚には見覚えがある」と彼女を引き止めます。
清吉は帰ろうとする娘の手をとって2階に案内した後、娘に1枚の絵を見せます。それは古代中国の暴君に非常に愛された絶世の美女として知られる、末喜(ばっき)を描いた絵でした。
悪女として有名な女性です。豪勢な衣装を着た末喜が、酒杯を持ちながら生贄にされようとしている男を眺めています。
娘はその凄惨な絵を見入っていましたが、だんだん娘の顔つきは末喜に似ていきました。娘は、末喜と自分が重なる感覚に陥ります。
清吉は「この絵にはお前の心が映っている」と嬉しそうに言いました。「どうしてこんな恐ろしいものを、お見せなさるのです」と、娘は青ざめます。そんな娘に、「この絵の女はお前だ」と清吉は言い放ちます。
清吉は娘にもう1枚の絵を見せます。それは「肥料」と云う題でした。若い女が、足下に倒れて居る多くの男たちの死骸を見つめています。「これはお前の未来だ。此処に倒れて居る男達は、皆これからお前のために命を捨てるのだ」と清吉は言って、娘の顔と変わらない絵の中の女を指さしました。
娘は「お願いだから早くこの絵をしまってください!」と清吉に嘆願します。そして、
「私は確かにこの絵の女のような性質を持っています。認めましたからそれをしまってください!」と言います。そのように怯える娘に、清吉はそっと近づいて麻酔を嗅がせました。
女郎蜘蛛の誕生
清吉は麻酔で眠る娘の背中に刺青を施します。清吉は朝、昼、夜、そして次の朝まで食事も睡眠も忘れて彫り続けました。彼女の背中に彫られたのは、巨大な女郎蜘蛛でした。
刺青ができあがり、放心状態の清吉は「男と云う男は、皆お前の肥料(こやし)になるのだ」と呟きます。娘は目を覚ますと、激痛に苦しみます。
しかし、娘は「親方、早く私に背せなかの刺青を見せておくれ、お前さんの命を貰った代りに、私はさぞ美しくなったろうねえ」と、昨日までの臆病な人物とは別人のように言います。
刺青の色仕上げに湯に入った娘は、「親方、私はもう今迄のような臆病な心を、さらりと捨ててしまいました。お前さんは真先に私の肥料になったんだねえ」と、娘は剣のような瞳を輝かして言いました。
『刺青』の解説
脚フェチの谷崎
谷崎は、「自分の墓石を好きな女の脚の形にしてほしい」と頼んだという逸話を残すほど女性の脚への執着が強い人物です。死んだ自分が納められている棺を、永遠に踏まれていたいという欲望が前面に出ています。
本作でも、「顔を見たことはないけど脚は見たことがある」という発言から、脚にしか興味がないことや踏まれることへの願望が現れています。そんな谷崎の嗜好が色濃く出た作品だと言えます。
女郎蜘蛛
女郎蜘蛛の雌の特徴は、雄よりも最大で5〜6倍の大きさがあることです。身体に黄色い模様が入っていて、非常に目立ちます。一方で雄は雌に比べてかなり小さく、色も地味です。
女郎蜘蛛の雌は、
『刺青』の感想
自分の潜在的な悪に目覚めて、男性を虐げる悪女として生まれ変わる女性が描かれています。その過程で気になったのは、「絵を見る」という行為です。娘は絵の中の人物と自分を重ねていましたが、同じような構成を持つ小説が存在します。
堀辰雄の『ルウペンスの戯画』や『聖家族』という作品も、絵画の中の人物と少女が徐々に似ていくことを通して、両者の性質が似ていることを示唆する形式が取られている作品です。
そのことに意味があるのか、この他にもこのようなモチーフの小説が存在するのか、単に流行っていただけなのかが気になりました。
また、谷崎作品には「男性が女性を悪女に仕立て上げる」というモチーフが使われます(『痴人の愛』など)。『刺青』も、清吉が娘に墨と一緒に魔性を注入したと考えられるので、そうした視点からも考察できると思います。
『刺青』の朗読音声
『刺青』の朗読音声は、YouTubeで聴くことができます。
https://youtu.be/WGeDzXWqwz8
最後に
今回は、谷崎潤一郎『刺青』のあらすじ・内容解説・感想をご紹介しました。
『刺青』は数十ページの短編なので、20分もかからずに読めてしまいます。一文一文の美しさ、芸術性の高さには驚かされる作品なので、ぜひ読んでみて下さい!青空文庫にもあります。
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