今回は、今村夏子のおすすめの本を4冊ご紹介します!
今村夏子ってどんな人?
今村夏子は、1980年生まれ大阪府出身の小説家です。風変わりな少女が主人公の『こちらあみ子』で第26回太宰治賞を受賞し、小説家デビューを果たしました。その後、『むらさきのスカートの女』で第161回芥川賞を受賞し、再び注目されています。
作家の小川洋子を尊敬していると発言しており、『星の子』の巻末には2018年に文芸雑誌『群像』に掲載された小川洋子と今村夏子の対談が収録されています。
初級編
「とりあえず、有名な作品をさらっと読みたい!」「話振られたとき困らないように、代表作だけ知っておきたい!」というビギナー向けに、読んでおけば間違いない作品を2つ紹介します。
『むらさきのスカートの女』
著者 | 今村夏子(いまむら なつこ) |
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発表年 | 2019年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 中編小説 |
テーマ | 承認欲求 |
あらすじ
語り手の「わたし」は、近所で有名な「むらさきのスカートの女」に興味を持っており、彼女と友達になりたいと思っています。そのためにわたしは彼女の観察をして接近を試み、むらさきのスカートの女を自身の職場に働きに来るように誘導しました。
そして、わたしは自己紹介の機会をうかがいつつ、ついに彼女と同じ職場で働き始めるのでした。
感想
変人・むらさきのスカートの女とそれを凌駕する(と私が思う)変人である語り手の「わたし」による物語です。なぜ「わたし」がむらさきのスカートの女以上の変人と思うかというと、「わたし」がむらさきのスカートの女のことを知りすぎているからです。
本作は1人称小説であるため、物語は語り手である「わたし」の目を通して語られます。つまり、「わたし」が知らない情報は小説には描かれないのです。
ところが奇妙なことに、物語にはむらさきのスカートの女が週に1回商店街のパン屋にクリームパンを買いに行くことや、商店街を抜けた先の公園のベンチでクリームパンを食べることなど、彼女の行動パターンが克明に記録されています。
これは何を示しているか――。ここからは、「わたし」がむらさきのスカートの女をストーキングしていることが読み取れるのです。
今村夏子さんは、要領が悪く世間知らずで、社会で上手く立ち回れず、冷たい視線を送られる絶妙にリアルな社会不適合者の要素を感じさせる人物を描きます。
加えて本作では、職場という小さなコミュニティでのヒエラルキーの変化も題材になっており、その巧妙な描き方にも注目です。

『星の子』
著者 | 今村夏子(いまむら なつこ) |
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発表年 | 2017年 |
発表形態 | 書き下ろし |
ジャンル | 中編小説 |
テーマ | 宗教と家族 |
『星の子』は、2017年に発表された今村夏子による書き下ろしの中編小説です。新興宗教を信じる両親のもとで育った少女が、徐々に自分が身を置いてきた環境に疑問を抱く様子が描かれています。
2017年に第39回野間文芸新人賞を受賞しました。2020年10月には、芦田愛菜さん主演で実写化された映画が公開予定されました。
あらすじ
病弱だったちひろは、両親から大切に育てられました。しかし病状が回復する過程で、両親は新興宗教にのめりこんでしまいます。ちひろはそうした環境に疑問を持つことなく育てられましたが、中学生になって両親や宗教と向き合うようになります。
感想
物語はちひろによって語られるため、読者は2世であるちひろが見聞きしていることを共有しながら読み進めることになります。
つまり、「金星のめぐみ」という聖水を持ち歩くことや、頭の上に濡れタオルを載せる儀式が至極当たり前の光景として描かれるのです。
ちひろの目線から物語を読み進めると、子供のころから信じていたものに疑いの目を向けることがいかに難しいかが分かります。
しかし、中学生になり他者から向けられる異質な視線に気づき始めたちひろは、自身を客観視する視点を徐々に身につけます。
このように、『星の子』では社会と教団のはざまにいる2世の迷いや苦しみが描かれています。

中級編
「代表作一通り読んで、もっと他の作品も読んでみたくなった!」「もうにわかは卒業したい!」という人向けに、ここでは定番からは少しそれた作品をご紹介します。
『ピクニック』
著者 | 今村夏子(いまむら なつこ) |
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発表年 | 2011年 |
発表形態 | 書き下ろし |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | 悪意 |
『ピクニック』は、2011年に発表された今村夏子による書き下ろしの短編小説です。主人公たちが、同僚の女性と人気タレントの交際を見守る様子や、そこで悪意と悪意が交錯する様子が描かれています。『こちらあみ子』の単行本に収録されています。
あらすじ
ルミは、女性がローラーシューズを履いて接客をするローラーガーデンという飲食店で働いていました。ある日、ローラーガーデンに七瀬さんという女性がアルバイトとしてやって来ます。七瀬さんは、人気お笑いタレントの春げんきと付き合っていました。
ルミとその同僚は七瀬さんの話を聞くのを楽しみにしており、2人の恋を応援していました。ところが、新人の女の子だけは話の輪に入らず七瀬さんのおかしさを真っ向から攻撃するのでした。
感想
『ピクニック』という可愛らしいタイトルとは裏腹に、女だけのコミュニティの嫌なところだけを搾り取ったような最高に後味の悪い作品です。
直接描かれていないからこそ、文章の隙間からじわじわにじみ出る人間の嫌なところが強調されるような気がして、読んでいて奥歯から苦いものが広がっていくような不快さを感じます。
しかし、この気持ち悪さこそ私が今村作品を推している理由で、なんとも癖になるのです。
今村夏子の作品には、リドルストーリー(明確な答えが出ないまま終わる物語)のようなところがあります。物語がどこに向かうのか、最後まで読んでも分からないのです。
『ピクニック』も例にもれず、そうしたたぐいのぷつっと切れる物語でした。ずっととらえどころのない嫌な雰囲気が立ちこめています。
小説に歯切れの良さや明快さを求める人には向いていませんが、イヤミスが好きだったりする人にはかなりおすすめです。

『こちらあみ子』
著者 | 今村夏子(いまむら なつこ) |
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発表年 | 2010年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 中編小説 |
テーマ | ディスコミュニケーション |
『こちらあみ子』は、2010年に『太宰治賞2010』で発表された今村夏子の中編小説です。場の空気や他人の気持ちを理解できない少女が、母や兄など周囲の人を無意識のうちに変えてしまう様子が描かれています。第26回太宰治賞受賞作です。
あらすじ
あみ子は4人家族の長女です。自宅で習字を教える母や、面倒見のいい兄、優しい父に囲まれて育ちますが、皆どこかそっけない態度であみ子に接します。
感じたままに表現する正直なあみ子は、徐々に周囲の人からうとまれるようになっていきました。そして、母はやる気をなくしてよく寝込むようになり、兄は不良になってしまいます。その原因が分からないまま、あみ子は毎日を過ごすのでした。
感想
今村節の効いている、社会に上手く溶け込めないタイプの少女が主人公です。風変わりで周囲から距離を置かれているあみ子は他者とコミュニケーションを取るのが苦手です。
相手の気持ちを考えずに見たまま、感じたまま脈絡もなくぽんぽん言葉を吐き出すあみ子は、まともに相手をされません。しかしあみ子はそれに関して特に何も思わず、構わず他人に言葉を投げ続けるため、あみ子のコミュニケーションは一方通行なのです。
痛々しいあみ子ですが、物語は彼女の主観で語られるため、こうした「蚊帳の外感」はあみ子に自覚されないままです。そのため、「こちらあみ子」への返答は決して返ってこないのだと思いました。

最後に
今回は、今村夏子のおすすめの本を4冊ご紹介しました。
ぜひ読んでみて下さい!