その過激でスキャンダラスな作風から、「悪魔主義者」とも評された谷崎潤一郎。今回は、谷崎潤一郎のおすすめ作品をご紹介します。
悪魔主義とは?
文学で言う悪魔主義とは、社会的規範から外れた行動や嗜好を示す倒錯的な考え方を指します。醜いことや、汚いこと、異常なことを描き、その中に美と感動を見いだそうとする特徴があります。
確かに、谷崎作品には、この傾向が色濃く出ているので、彼はしばしば悪魔主義者だと評されました。
しかし、谷崎の書いたものがたまたまその傾向と被っていただけということも考えられるので、谷崎を悪魔主義者と決めつけることには疑問を感じます。
谷崎潤一郎のおすすめ作品
『刺青(しせい)』
ページ数 | 336ページ |
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出版年 | 1969年 |
出版社 | 新潮社 |
谷崎の処女作ながら、当時絶賛されて今だに人気のある作品です。「客が針を入れられている時に、あまりの痛さに歪めた顔を見るのが好き」という性癖を持った彫師・清吉(せいきち)が主人公です。
「自分が認める美女に刺青を彫る」という夢を抱く清吉は、理想の女を見つけ出し、彼女を薬で眠らせている間に夢を実現させます。
女郎蜘蛛の刺青を彫られた女は、目を覚ました後、これまでのひ弱さが嘘のように強い女性へ変貌します。メイクをしたり、勝負服を着た時に何となく気が引き締まる感覚に似ていると感じました。
今後、男を食い物にする格式の高い遊女(女は見習いの遊女なので)になるであろう女の姿がまざまざと目の前に浮かんでくる、視覚的な作品です。
『少年』
ページ数 | 336ページ |
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出版年 | 1969年 |
出版社 | 新潮社 |
10歳くらいの少年・私、信一(しんいち)、仙吉と(せんきち)、信一の姉で13歳の光子(みつこ)の物語です。彼らははじめこそ「普通に」遊んでいましたが、徐々にそれは異様なものに変貌します。
「泥棒ごっこ」では、警官役の信一は泥棒役の仙吉を縛り上げて思う存分いたぶります。「狐ごっこ」では、美女に化けた狐役の光子が、足で踏み潰したまんじゅうや、痰(たん)や唾を吐いた酒を少年たちに飲ませます。
挙げ句の果てには、光子は少年たちを縛り上げ、ろうそくから滴(したた)るろうのしずくを顔に落とすという奇行に走るのでした…。
「主人公が子供だからおかしな展開にはならない」という予想をいとも簡単にひるがえされ、初めて読んだときは衝撃を受けました。本当に、良い意味で裏切ってくる小説です。
谷崎は女性崇拝をテーマにした作品を書く作家です。『刺青』では、最終的に女は清吉より上の立場にいますし、『卍』では光子が友人夫婦を薬漬けにして彼らをコントロールします。
『少年』では、初めは少年たちに何かといじめられていた光子が、徐々に少年たちを従えて支配していく様子が描かれます。特に、真っ暗闇の中で光子がろうを垂らすシーンは猟奇的で、目が釘付けになりました。
こうしたSMの逆転も、谷崎がよく使うモチーフだったりします。彼のアブノーマルな世界に浸りたい人におすすめです!
『卍(まんじ)』
ページ数 | 272ページ |
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出版年 | 1951年 |
出版社 | 新潮社 |
主人公・園子(そのこ)と夫の関係が、園子の友人によって崩壊させられる話です。これだけ聞くと、単なる略奪愛の話なのかと思われますが、この話が面白いのは、園子と光子も関係を持っていることです。
つまり、園子から見れば夫を取られてしまい、夫から見れば園子が取られてしまうという、二重の略奪が起きていることです。
さらにここにはもう1人の男が加わるので、人物の関係は本当にカオスです。まさに卍のように入り組んでいます。
先ほど谷崎の女性崇拝に触れましたが、光子は言葉巧みに人を洗脳する力があり、園子とその夫はまさに光子を崇(あが)めています。新興宗教のような異常さに満ちた作品で、私の中のベストオブ百合小説です。
『細雪(ささめゆき)』
ページ数 | 155ページ |
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出版年 | 1952年 |
出版社 | 新潮社 |
谷崎の代表作と言ったら、『細雪』です。上中下巻に渡るこの作品では、大阪の旧家を舞台に四姉妹の豪華な生活が語られます。
上巻は1944年に発表されたのですが、お国のために質素倹約の生活を送るのが当たり前だったこの時代にふさわしくないということで、当時発禁になりましたが、非常に人気のある作品です。
高価な着物を着たり、立派な弁当を持って花見に行ったりと、平安貴族さながらの優雅で豪華な生活が描かれているので、「現代版源氏物語」とも呼ばれています。
そしてこの作品の面白いところは、ラストの1文です。上中下巻に渡ってお金持ちの優雅な生活が描かれているのに、その下巻の一番最後は「結婚が決まった雪子の下痢が止まらない」というものなのです。
それまでの風雅な雰囲気は少しも感じられず、ものすごく滑稽で、意味が分かりません。この作品はまだきちんと分析できていないので、今後「なぜ下痢の話で締めたのか」について考察したいと思います。
最後に
今回は、谷崎潤一郎のおすすめ作品をご紹介しました。
谷崎は芥川との「小説の筋論争」で、起承転結があり、作り込まれた小説が理想だと主張しました。その言葉通り、谷崎の作品には虚構性が色濃く出ています。
『少年』も『卍』も、あまり現実的な話ではないですよね。『刺青』に至ってはもはや犯罪です。
徹底的に作り込んだ物語だからこそ、全く先の予想できない展開が待ち受けています。様相が二転三転するような起伏に富んだ小説が好きな人には、ぜひ谷崎をおすすめしたいです!