自己肯定感が非常に高く、自信の権化とも言える友人をコミカルに描く『憤死』。
今回は、綿矢りさ『憤死』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『憤死』の作品概要
著者 | 綿矢りさ(わたや りさ) |
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発表年 | 2011年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | 想像を超えた先の感情 |
『憤死』は、2011年に文芸雑誌『文藝』(夏季号)で発表された綿矢りさの短編小説です。プライドが高く自分に自信しかない超ポジティブ女子と、彼女を冷静に観察する主人公の温度差を楽しめます。
著者:綿矢りさについて
- 1984年京都府生まれ
- 『インストール』で文藝賞を受賞
- 『蹴りたい背中』で芥川賞受賞
- 早稲田大学教育学部国語国文科卒業
綿矢りさは、1984年に生まれた京都府出身の小説家です。高校2年生のときに執筆した『インストール』で、第38回文藝賞を受賞し、2003年には『蹴りたい背中』で第130回芥川賞を受賞しました。
19歳での芥川賞受賞は、いまだに破られていない最年少記録です。早稲田大学を卒業後、専業作家として精力的に活動しています。
『憤死』のあらすじ
登場人物紹介
私
一昨年に看護学部を卒業してから名古屋の総合病院で看護師をしている。
佳穂
私の子供時代の友人。
『憤死』の内容
この先、綿矢りさ『憤死』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
傲慢な佳穂
小中学校時代の女友達・佳穂が自殺未遂で入院しているという噂を聞きつけた私は、興味本位で見舞いに行きます。
佳穂の家は裕福で、子供ながらに選民意識が高かったものの、太っていて外見的魅力に乏しい少女でした。私は佳穂のことが嫌いでしたが、気前の良い佳穂から貰える文具や家にお邪魔したときにありつける高価なお菓子を目当てに佳穂と付き合っていました。
佳穂は表向きは遠慮深くおとなしい子供を演じていましたが、私のことを見下していて、常に私を家来のように扱うのでした。
あるとき、豪華なおやつを目当てに佳穂の家に遊びに行き、佳穂の母親がショートケーキを持って来ました。
佳穂は何の迷いもなく細いフォークを赤いいちごにぶすりと突き刺し、一口で食べてしまいます。そしてスポンジだけになったケーキをわずか3口で平らげてしまいました。私は、佳穂のショートケーキの食べ方に軽いショックを受けました。
怒りの才能
小学生の頃、佳穂の自尊心をずたずたにした出来事がありました。
佳穂は日直がやる決まりになっていたうさぎの飼育当番を笑顔で、しかし頑なに拒否し続けていましたが、ついにクラス中の女子に「飼育当番をしろ」と詰め寄られたのです。
動物の世話はお手伝いさんがやるものだと考えていた佳穂は飼育当番を嫌がりましたが、同級生に責められ続け「わかった、やればいいんでしょ。ねえ、一緒に行くよ」と私を犬のように呼びつけて教室を出て行きました。
そしてほとんど誰も来ない飼育小屋までたどり着くと、佳穂は鳥が威嚇するような鋭い叫び声をあげ、花壇の土を踏み散らし、餌入りのバケツを小屋の金網に思いきりぶつけました。
この発作じみた行動に驚いた私が「佳穂、大丈夫?」と話しかけると、佳穂は「なに!?」と目と歯を剥いて仁王様のような凄みのある形相で振り向きます。
両手で宙を殴り、近くの木に頭突きを繰り返し、髪をふり乱して金網を揺する佳穂を少し離れたところから見ていた私は、「ただの高慢ちきだと思ってたけど、やるじゃない」と非凡な怒りの才能を見出すのでした。
佳穂の恋愛事情
中学以降は佳穂と私の交流は薄くなりましたが、大学生になったときに佳穂から呼び出され再会します。留学先のアメリカから一時帰国した佳穂は、小学生の時は私の前でしかさらけ出さなかった高慢さを常に解き放っていました。
佳穂はひたすら威圧的な自慢話を披露し、私の発言を許さず、ただひたすらに話し続けます。父親の仕事関係で出会った19歳年上の男性に恋をしているらしく、私はその話だけ唯一面白く聞くことができました。
佳穂は、2人がいかに愛し合っているかを高揚して話しますが、ふと顔に尋常でなく濃い翳りを見せるため、私はなにか重大な事情があることを察します。
憤死
私はギプスを巻かれている佳穂の左足に触れ、「足、大丈夫?ずいぶん痛そうね」と声をかけます。そして「自殺、失敗してよかったね」と言いました。私は、佳穂が自殺未遂による怪我で入院していることを知っていたのです。
自殺の理由を聞くと、19歳年上の男性と5年付き合ったあげく、結婚できず連絡も取れなくなってしまったのだと言います。
「別れが悲しすぎて、生きているのが嫌になったのね」「悲しいというより、腹が立った。死ぬつもりはなかったけど、飛び降りでもしなきゃ、おさまりがつかなかった」
佳穂のこの言葉を聞いた私には、小学生時代のうさぎ小屋での佳穂の怒りが甦りました。
そして3階の自室にあるバルコニーから飛び降り、奇跡的に足の骨折だけで済んだのだと言います。
それを聞いた私は、自身の命に八つ当たりする甚大な怒りのエネルギーを目の当たりにし、ほっとした笑いを堪えるのに必死です。そして佳穂の死は、歴史の授業で習った憤死はそのものであると感じました。
『憤死』の解説
想像を超えた先の感情
主人公は佳穂のプライドの高さを内心馬鹿にし続けており、佳穂を自尊心を満たしてあげれば自分に利益をもたらす都合の良い存在としか思っていませんでした。
しかし、その認識が覆る瞬間があります。それは佳穂の自殺未遂の状況を詳細に聞いている時です。
怒りに任せて3階から飛び降りたにもかかわらず、死にもせず脳震盪も起こさず、足を骨折しただけで済んだという常軌を逸したエピソードに、主人公には嘲笑ではなく心からほっとした笑いが込み上げます。
このシーンからは、想い人に捨てられる悲しみより、自分が捨てられたことへの怒りの方が勝る佳穂の尋常でないプライドの高さが窺えます。そして主人公は、そんな佳穂を尊敬すらし始めるのです。
こうした心境の変化が、ショートケーキを食べる佳穂の印象の変化につながります。
小学生の頃、初めて佳穂のショートケーキの食べ方を見た主人公は軽いショックを受けました。
「赤いいちごに細いフォークをぶすりと突き刺し」「三口ほどで平らげる」とあるように、上品さのかけらもない様子が語られています。「赤」や「突き刺す」という表現は血を連想させ、残酷な雰囲気すら漂います。
ところが飛び降りのエピソードを聞いた後、佳穂が同じようにケーキを食べるシーンでは「これこそ、真に高貴なケーキの食べ方」とコメントしています。
主人公は想像や理解を超えた佳穂のエネルギーに圧倒され、ついにはそれを肯定的に受け入れるようになるのでした。
『憤死』の感想
清々しい悪意
女友達が入院しているという噂を聞いたので「興味本位で見舞いに行くことにした」という違和感のある文章から物語が始まりますが、その後に佳穂の性格や振る舞いが語られることで、冒頭の文章の裏側に悪意が隠れている意味が分かりました。
また「昔のように盲信的に自分の美しさを信じてはいないようだ」「身の程知らずで現実を見ないところが、長所だったのに」というように直接的に佳穂を馬鹿にする表現がある一方、主人公は佳穂への本心を隠して表面的な言葉を語っており、間接的にも佳穂を攻撃しています。
例えば、主人公は病室のドアを開けた時に「佳穂にあんまり会いたくて」と発言していますが、それは真っ赤な嘘でした。
主人公が「自殺、失敗してよかったね」と発言してあえて佳穂を傷つけるシーンには、事情を知らないふりをして相手を刺しに行く主人公の残酷さが際立ちます。
自己肯定感が高いあまり、批判をそれとして受け取らない佳穂の性質を利用し、あからさまに悪意をぶつける主人公には、清々しささえ感じました。
最後に
今回は、綿矢りさ『憤死』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。
ぜひ読んでみて下さい!