可愛い女弟子の布団とパジャマを引っ張り出して、心ゆくまでその匂いを嗅ぐ男が描かれる『蒲団(ふとん)』。
今回は、田山花袋『蒲団』のあらすじと内容解説、感想をご紹介します!
Contents
『蒲団』の作品概要
著者 | 田山花袋(たやま かたい) |
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発表年 | 1907年 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
ジャンル | 中編小説 |
テーマ | 暴露 |
『蒲団』は、1907年に文芸雑誌『新小説』(9月号)で発表された田山花袋の中編小説です。露骨な性を書いたことで、当時の文壇に大きな反響を巻き起こしました。
赤裸々な告白がなされる作品であるため、私小説の出発点と評される作品です。主人公を惑わす少女・芳子のモデルは、花袋の弟子だった岡田美知代という女性です。2016年に映画化されています。
著者:田山花袋について
- 自然主義の代表作家
- 「自然を再現することが芸術の役割」と主張
- 紀行文(温泉巡りなど)も有名
私生活をありのままに描くことを目指した、自然主義の作家です。田山花袋の『蒲団』は、私小説の原点ともいわれています。自然主義については、以下の記事をご参照ください。
『蒲団』のあらすじ
文学者の時雄のもとに、ある女学生から「弟子入りをしたい」という手紙が届きます。その女学生の熱心さに負けた時雄は、女学生を弟子にすることに決めました。
初めてその女学生と会った時雄は、その美しさに驚きます。そして、時雄は徐々に弟子に惹かれるようになるのでした。
登場人物紹介
時雄(ときお)
主人公。36歳の文学者で、妻子持ち。弟子の芳子に恋をする。
芳子(よしこ)
関西から上京し、時雄の弟子になった19歳の美少女。時雄の妻の姉が住んでいる家で暮らしている。
田中
同志社大学に通う21歳の男子学生。芳子と恋仲になる。
『蒲団』の内容
この先、田山花袋『蒲団』の内容を冒頭から結末まで解説しています。ネタバレを含んでいるためご注意ください。
一言で言うと
36歳妻子持ちの男が、美少女に失恋する話
女弟子
36歳の時雄とその妻の関係は、新婚のころの初々しさを忘れ、すっかり冷めきっていました。時雄は、毎朝出勤するときに見る綺麗な女教師を見て、「もし今の妻が死んだら、彼女を新しい妻にしよう」と妄想するほど、今の妻への興味を無くしています。
「若くて美しい女と恋がしたい」と思っていた時雄のもとに、一通の手紙が届きます。それは、横山芳子という19歳の女の子からでした。芳子は、時雄の小説の大ファンで、時雄に弟子入りを申し込んだのでした。
時雄のもとには、そうした手紙は他にもたくさん届くので、最初はそれを無視していました。しかし、そのあと芳子から3回も手紙が届き、時雄はだたならぬ熱量を感じます。そして、時雄は芳子を弟子入りさせることにしました。
時雄と芳子
「文学をやるような女だから、きっとブスに違いない」。そう思っていた時雄は、芳子と対面して驚きます。そこには、とんでもない美少女がたたずんでいました。
芳子の家は大金持ちで、両親は熱心なクリスチャン・兄は留学後に国立の学校の先生になったという、ハイスペック一家でした。芳子も西洋的で自由な教育を受けた、ハイカラで現代的な女学生です。
表情が豊かでよく笑う芳子は、旧式な日本人女性の妻とは対照的です。時雄は、その可愛らしさの虜(とりこ)になってしまいました。
そして、芳子は時雄の弟子となり、女学校に通い始めました。オープンな芳子は、男友達をたくさん作って夜遅くまで遊ぶようになります。貞淑な女性が良しとされた時代であったため、芳子は大人から白い目で見られますが、時雄はどんな時でも芳子の肩を持ちました。
そして、時雄と芳子は親交を深めます。時雄は、芳子に思いをつのらせますが、一線は越えないままでした。
芳子と田中
そして、芳子が関西に帰省中に事件は起こります。なんと、芳子は同志社大学に通う田中という男と、恋仲になっていたのでした。2人は別れる気がないらしいので、時雄は間違いが起こらないように監督することになってしまいました。
時雄は、「愛するものを奪われた」という思いにかられます。そして、我を失うほどやけ酒をして、大暴れするのでした。
そんな時、時雄は芳子から手紙を受け取ります。それは、「田中が自分に会いに上京してきたので、迎えに行く」というものでした。
「何もないはずがない」と思った時雄は、芳子が住んでいる時雄の妻の姉がいる家に行きます。そして、「芳子を自分の家において、こちらで監督する」と言いました。
その後、芳子と田中の仲は深まっていくばかりだったため、時雄は芳子の父親に連絡し、東京に呼び寄せて話し合いをさせます。結局、芳子は父親に連れられて故郷に帰ってしまいました。
芳子がいない部屋
芳子が帰った後、時雄は芳子が使っていた部屋に入ります。そして、芳子が髪につけていた、古い油のしみたリボンの匂いを嗅ぎます。
ふすまを開けると、芳子が使っていた布団とパジャマが出てきました。時雄は、「いっそのこと、手を出しとけばよかった」と後悔します。そして布団を敷き、その上にパジャマを置いて、そこに顔を埋めて泣きました。
『蒲団』の解説
私小説の出発点
「私小説」は、「ししょうせつ」「わたくししょうせつ」と読みます。これは、日本にしかない独特のジャンルです。小説には、作者が語り手を設定してそれに語らせるものや、人物に語らせるものがあります。
私小説は、作者自身が語り手となる小説です。つまり、作者が主人公になるということです。『蒲団』の場合は、花袋=時雄ということになります。
私小説は、フランスから輸入された自然主義文学から生まれました。その自然主義文学の定義を、「作者が犯した罪をせきららに告白し、懺悔(ざんげ)するもの」という風に狭めてしまったのが『蒲団』です。
そのため、『蒲団』は「私小説の原点」と言われています。以降の私小説では、『蒲団』で描かれたような「内面の欲望」「醜い部分」が全面的に表現されるようになりました。
『蒲団』の感想
叶わぬ恋
客観的に見ると、時雄の行動は少しおかしいところがあります。しかし、一歩踏み込んで時雄に寄り添って読んでみると、彼のものすごい苦しみが伝わってきました。
時雄は、芳子を預かっている立場なので、手を出すことは許されません。もし間違いがあれば、自分だけでなく家族も社会的に殺されるという状況にありながらも、芳子に惹かれずにはいられないという、時雄の葛藤が描かれていました。
時雄は、小説の中でよく「悲しい」と言っていましたが、それはこの叶わぬ恋のことを言っているのだと思いました。
『蒲団』の朗読音声
『蒲団』の朗読音声は、YouTubeで聴くことができます。
https://youtu.be/fctKf_R1tS8
最後に
今回は、田山花袋『蒲団』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。
時雄の一人称で書かれているので、時雄にばかり目が行きがちですが、自由奔放な芳子に注目するのも面白いと思います。青空文庫にあるので、ぜひ読んでみて下さい!
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