自然主義は、日本の近代小説の基礎を作った大きな流れです。
今回は、自然主義と私小説の関連を解説し、自然主義作家をご紹介します!
Contents
自然主義を一言で言うと
無愛想・無解決・無条件
自然主義の流れ
文学×自然科学
自然主義は、明治30年代半ばに西洋から輸入されました。しかし、日本の自然主義と西洋の自然主義は別物です。日本の自然主義が、輸入された後に独自に進化してしまったからです。
まず、西洋の自然主義の概要を説明します。19世紀後半、「人間は遺伝と社会環境によって規定される」という、ダーウィンの進化論が話題になります。
そして、「そのような人間によって構成された社会を、科学的に、より現実に忠実に描こう」という運動がフランスで起こります。
つまり、自然科学を文学に持ち込もうというのです。文学だけが、自己主張や自己満足で完結していて、科学の進歩に取り残されて良いのか?という疑問から出発しています。
フランスの自然主義の代表であるエミール・ゾラは、「外科医(科学的な人)が死体を解剖するように、小説を書く」と言っており、西洋の自然主義が文学×自然科学を目指したことが良く分かります。
「現実を正直に書く」
このような西洋の自然主義は、明治30年半ばに日本に輸入されます。ところが、輸入されてきた自然主義は、「真実の告白」という風に解釈され、受容されてしまいました。
さらに、西洋自然主義の「正確に現実を書きとる」という部分は、「正直に現実を描く」という考え方にすり替わってしまいました。自然主義作家・田山花袋(たやま かたい)は、自身の論文で「自然」という言葉を「真相」という言葉とほぼ同じ意味で使っています。
こうした考え方は、私小説(ししょうせつ/わたくししょうせつ)に繋がります。また、自然主義の理念は、「無愛想・無解決・無条件」だとされます。はっきりした解決や、作者の理想を表に出さず、ひたすら現実をそのまま描くからです。
私小説
私小説は、「作家の実人生の赤裸々な告白」に主眼を置いた小説のことです。そして、そこには「過去に侵した罪の懺悔(ざんげ)」という意識があるのが特徴です。
田山花袋が、『蒲団(ふとん)』という作品を発表したあと、『生(せい)』『妻(つま)』などの作品で花袋自身の実生活を掘り下げる作品を執筆し、私小説というジャンルを切り開いていきました(『蒲団』では、女弟子の寝た蒲団の匂いを嗅いでしまった作家の告白がなされます)。
私小説のこのような性質は、自然主義の「真実を包み隠さず正直に書く」という考えから派生したものです。
そして、私小説では芸術と実生活、作品と題材の距離をいかに近づけるかということが重視されるようになりました。
つまり、過去の出来事を、その出来事の影響が及ばない立場からもう終わったこととして描くのではなく、作品の執筆と実際の出来事がリンクして、同時進行しているような状態が理想とされたのです。
例えば、藤村は妻を失った後、姪と禁断の恋をしてしまいます。藤村は、その事件の真っただ中、『新生(しんせい)』という姪との恋愛を題材にした作品を書きました。作品のモデルとなる出来事と、作品の執筆を同時進行させ、作品の力で事件を解決しようとしたのです。
その後、小説の執筆のために意図的に生活を危機にさらす傾向が現れ、自然主義作家たちは自己破滅的な小説を書くようになります(私小説の主眼は「実生活の罪の告白」で、このジャンルで小説を書くなら、実生活で何らかの罪を犯さなければならないため)。
安藤宏「日本近代小説史」(中央公論新社 2015年1月)
中村光夫「日本の近代小説」(岩波書店 2000年2月)
自然主義の代表作家
田山花袋
自然主義と言ったら、まず最初に名前が挙がる作家。代表作は、『田舎教師』『生』『妻』『縁』など。
『蒲団(ふとん)』
ページ数 | 240ページ |
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出版年 | 1952年 |
出版社 | 新潮社 |
作家の主人公が、女弟子に許されない感情を抱いてしまい、葛藤する物語です。
島崎藤村(しまざき とうそん)
花袋の『蒲団』を読んだ藤村は、「これこそが自然主義文学だ!」と衝撃を受け、私小説にのめりこみます。代表作は、『春』『破戒(はかい)』『家』『夜明け前』など。
『新生』
ページ数 | 258ページ |
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出版年 | 1970年 |
出版社 | 岩波書店 |
藤村自身の実体験が題材です。主人公が、姪との近親相姦を告白する小説です。
徳田秋声(とくだ しゅうせい)
世の中の庶民の姿をたんたんと描きます。代表作は、『新所帯(あらじょたい)』『足迹(あしあと)』『爛(ただれ)』『あらくれ』『仮装人物』など。
『黴(かび)』
ページ数 | 384ページ |
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出版年 | 2017年 |
出版社 | 講談社 |
正宗白鳥(まさむね はくちょう)
虚無的・厭世的・ニヒルがキーワードの作家です。代表作は『入江のほとり』『最後の女』など。
『何処へ』
ページ数 | 332ページ |
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出版年 | 1998年 |
出版社 | 講談社 |
将来に希望を抱けず、倦怠に満ちた青年の生活が描かれます。
岩野泡鳴(いわの ほうめい)
花袋の方針に対して自身の「自己主張」を前面に出し、私小説を発展させた人物です。代表作は『放浪』『断橋』『発展』『毒薬を飲む女』『憑(つ)き物』など。
『耽溺(たんでき)』
ページ数 | 292ページ |
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出版年 | 2003年 |
出版社 | 講談社 |
主人公が、旅先で梅毒の芸者と関係を持ってしまう物語です。
最後に
今回は、自然主義と私小説の関連を解説し、自然主義作家をご紹介しました。
この記事を読めば察しが付くと思いますが、自然主義文学はめちゃくちゃ暗いです!しかも、担い手は40代前後のおじさんなので、その暗さや絶望感はひとしおです。
こうした自然主義の「お先真っ暗」感に異議を唱えたのは、芥川龍之介です。大学生の時に自然主義に触れた芥川は、「こんな暗い文学は嫌だ!」と新しい小説を模索し始めます。
自然主義の小説は救いようのないものばかりですが、興味のある人はぜひ読んでみて下さい!